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任天堂の危機に立ち向かう「マリオの逆襲」

「3DS」不振、本当の理由と復活のカギ

任天堂が危機に直面している。今期、連結決算を公表して以来初となる200億円の最終赤字に転落する見込みだ。10月27日に下方修正が発表されると英タブロイド紙が「ゲームオーバー?」と題するなど各国メディアは辛辣(らつ)な見出しで苦境を大きく伝えた。だが、そう悪い話ばかりでもない。「マリオの逆襲」が始まったのだ。

「スーパーマリオ 3Dランド」の画面例(任天堂のホームページから)

11月3日、販売が振るわない携帯型ゲーム機「ニンテンドー3DS」にとって、最大のカンフル剤とでもいうべきキラーソフトが発売された。「スーパーマリオ 3Dランド」である。

マリオを操りクリボーやクッパといった敵をかわしながらピーチ姫を助けるという、おなじみのシリーズ。左から右へのスクロールではなく、3次元の空間を縦横、上下と無尽に駆けめぐるこのソフトは今のところ、3DS最大の特徴である「裸眼立体視」機能を最も生かし、最も「驚き」を感じられる出来に仕上がっている。

「本体を半年ほど放置していて正直3DSを買ったことを後悔していましたが、今回マリオをやってみてこれからの3DSに期待が持てるようなソフトの出来だと思いました」「『とにかく面白い』としかいいようがありません」「老舗のメーカーが本気を出すとこれほどすごい物ができるとは……」

マリオ効果で3DS本体の販売が約2.5倍

3Dランドが発売された直後の週末、通販サイト「アマゾン・ジャパン」のレビュー欄に激賞の嵐が吹いた。5段階で4つ星以上の評価をつけた購入者は、全体の約85%(18日時点)。発売後1週間は、断続的に在庫が切れた。

ゲームソフトも扱う大手レンタルチェーン「TSUTAYA」では、想定していた2週間分の売り上げをわずか4日間で達成したという。ゲームリサイクル企画グループの松尾武人リーダーは「3DS本体の売り上げも約2.5倍にはね上がっており、動きが変わった」と話す。

任天堂も経営指標に利用するシンクタンクのメディアクリエイト(東京・千代田)によると、国内において3Dランドは発売から4日間で約34万3500本が売れ、家庭用ゲーム機向けソフト全体の週間販売ランキング(10月31日~11月6日)で首位に立った。同週に販売された3DS本体は約14万5300台。週間販売台数としては今年2月の発売直後と8月の値下げ時に次ぐ数字だ。翌週(11月7日~13日)も約10万4000台と好調を維持。国内での累計販売台数は約246万台(13日時点)となった。

任天堂は、今期の業績やソフトの販売見込みを下方修正する一方、「世界で1600万台」という3DS本体の年度目標は据え置いた。4月からの半期で世界307万台と目標の2割にも届かなかったことから「達成困難」といぶかしむ向きが多いが、年末商戦を控えたスーパーマリオの勢いを見ると、強気姿勢も理解できるような気がする。

悲観論が渦巻く中、久々に光明をもたらしたスーパーマリオ。任天堂はもうゲームオーバーなのか。3DS不振の本当の理由と復活のカギを探った。

そもそも「ゲーム離れ」は始まっていた

任天堂の苦境を伝える記事にはおきまりのように「スマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)」と「ソーシャルゲーム」という文字がならぶ。3DSの販売がふるわず、任天堂の業績が悪化した背景には、スマホの普及とソーシャルゲームの隆盛があるのだという。しかし、歴史をたどり俯瞰(ふかん)してみると、異なった理由も浮かび上がる。たぶんスマホやソーシャルゲームがなくとも、3DSの立ち上がりはこんなものだっただろう。

そもそも「ゲーム離れ」は、スマホやソーシャルゲームが登場する前から始まっていた。ハードは売れるがソフトは売れない。97年ごろからゲームソフトの販売はかつての勢いを完全に失い、とうの昔に家庭用ゲーム機市場は冬の時代を迎えていた。

社団法人コンピュータエンターテインメント協会(CESA)が毎年まとめている国内家庭用ゲーム機の出荷額。ハードとソフトを分けてグラフにし、経年変化を見ると、傾向がよくわかる。

ゲーム専用機はおおよそ5~6年のライフサイクルで新型機が登場してきた。ともない過去10年、ハードの出荷額には2つの山ができた。1つ目は00年~01年。据え置き型ではソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の「プレイステーション(PS)2」と、任天堂の「ゲームキューブ」が発売され、携帯型では任天堂の「ゲームボーイアドバンス」が登場した。

だが、ソフト市場は盛り上がらない。97年に約3900億円だった出荷額は、03年の約2300億円まで約4割以上も減り続けた。確かに任天堂は前作の「ニンテンドー64」に続き、ゲームキューブでも失敗した。世界で累計1億5000万台以上が普及したPS2に対し、ゲームキューブは2174万台と惨敗。しかし、02年に経営のバトンを引き継いだ岩田聡社長が気づいたのは、任天堂の凋落(ちょうらく)が決してソニー陣営の躍進のせいだけではないということだった。

過ぎ去ったDSブーム

「ゲーム機が高性能、高機能を競い、ゲーム業界が重厚長大なソフトを追い求めた結果、一部のゲームファンを除いて、多くの人々を置き去りにしてしまった。僕らがもっと素晴らしいゲームを、と頑張った結果、時間やエネルギーをゲームに割けない人たちが静かに立ち去っていた」

そう結論づけた岩田社長は、ゲームから離れてしまったユーザーを呼び戻すべく「ゲーム人口拡大戦略」を掲げ、04年12月発売の「ニンテンドーDS」と06年12月発売の「Wii」で苦境を打破することに成功する。

周知の通り、DSとWiiはゲーム史に残る販売を記録した。携帯型のDSは発売から4年3カ月とゲーム機史上最速で世界1億台を突破。11年9月末時点で約1億4900万台に達した。Wiiも11年9月末時点で約9000万台とライバルの「PS3」と「Xbox360」を押さえ、任天堂の据え置き型で最も売れたゲーム機となった。

国内の出荷額のグラフに戻ると、05年から07年にかけてDSとWiiの効果で2つ目の大きな山ができると同時に、ソフト出荷額も久々にプラスに転じたことがわかる。だが、それでも97年の規模には到底及ばない。そして、ゲーム離れを見事にはねのけ金字塔を打ち立てたDSも、徐々に消費者から飽きられていった。ブームが過ぎれば飽きられる。娯楽の宿命だ。

昨年末でDSの発売から6年。ゲームから遠ざかっていたユーザーを「6年もひき付けた」ともいえるし、「6年しかもたなかった」ともいえる。いずれにせよ手立てを講じ、DSとWiiで取り戻したよい流れを引き継がなければ、またぞろゲーム離れの空気がまん延する。いや、まん延しかかっていた。そこへ11年2月末に投入した3DSが立ち上がりでつまずいたというわけだ。

「脳トレ」と「Wii Fit」の成功

任天堂は何と戦ってきたのか。一義的には、携帯電話やパソコンなどほかのプラットフォームで遊べるゲームではなく、ゲーム離れと消費者の飽きということになる。では、なぜDSやWiiが大成功を収め、3DSがつまずいたのか。それは、「ハードの特長を生かした斬新なソフトで驚きや新たな喜びを与えられたか否か」ということに尽きる。

05年5月に発売された「脳を鍛える大人のDSトレーニング」は、続編と合わせて世界で3200万本以上の大ヒットとなった

人々は「2画面」「タッチパネル」といったDSの「機能」に飛びついたわけではない。そうしたハードの特長と従来のゲームの枠を超えた新しいジャンルのソフトが一緒になって、初めてDSの魅力が世間に伝わり、人気に火が付いた。代表格が、05年5月に発売され、世界でシリーズ累計3200万本以上も売れた「脳を鍛える大人のDSトレーニング(脳トレ)」だ。

ゲームをしながら脳の活性化を促すという新たなソフトは、親が子どもにDSを買い与える大きな動機となったのに加え、文字通り大人も飛びついた。誰でも「直感的」に操作でき、細切れの時間を使って楽しめる「気楽さ」も人気を集めた。発売から半年後の05年11月に国内で70万本を超え、年末商戦で100万本を突破。12月に発売された脳トレの続編が勢いに拍車をかけ、各地でDS本体の品切れが相次ぐほどの効果をもたらした。

かつてない操作方法で、見たこともないゲームを楽んでもらう――。この提案こそが、ゲームから離れたユーザーに驚きや喜びを与え、連れ戻した最大の要因だった。同じことが、コントローラーを振り回したり、体重計のような台の上で足を動かしたりしながら、フィットネス効果が得られるWii向けソフト「Wii Fit」にもいえる。

だが、こうしたソフトは今のところ、3DSにはない。

「立体的に見える」という訴求ポイント

「任天堂は、実際に触れないと立体に見えるすごさがなかなか伝わらないことを気にしているが、なぜ3Dにこだわるのか。例えば『ゼルダの伝説』は大人になる過程の感動を味わうゲームで、3Dだから面白いわけではない。ソフトそのものの面白さを伝えきれていない」。ゲーム業界に詳しい岡三証券シニアアナリストの森田正司氏は、こう指摘する。

一方、ゲーム好きで知られるタレントの伊集院光氏は自身のラジオ番組で、こんなことを語っていた。「早く3DSって名前を変えた方がいい。理由は3Dであることをメーンにおしても限界があるんですよ。(中略)『DS3』って名前だったらよかったんじゃないかな。カメラとか通信機能の強化とか、じつは面白いものがいっぱい入っているのに、3Dを前面に出しすぎて、そこが全然見えてこない」

11月3日に新たに発売された「ニンテンドー3DS」の新色「アイスホワイト」

任天堂が3DSの本体発売と同時に用意したソフトは「nintendogs+cats」の1本のみ。DS旋風のもう1つの起爆剤となった「nintendogs」の続編だが、ペットとして飼えるキャラクターに猫が加わったほかは、ほぼ前作と同じ内容。犬や猫が立体的に見えるようになったが、それだけでは映画やテレビなどの3Dに慣れ、かつDSに飽きたユーザーを振り向かせることはできなかった。

6月には人気シリーズ「ゼルダの伝説」の3D版を出したが、内容は98年に発売したソフトのリメイク。9月末までに世界で168万本を販売し、3DS向けで唯一のミリオンタイトルとなったが、3DS本体の大きなけん引力とはならなかった。他社製のソフトもシリーズものが目立ち、立体的に見えること以外の訴求ポイントはあまり見あたらない。

つまり、裸眼で立体視が可能というハードの機能しか、今のところ新たな売りがないのである。その売りも「目が疲れるらしい」「3Dに酔うらしい」といった風評が先行してうまく伝わらない。任天堂は「立体感は調節できる」と誤解を解く作業に追われる羽目となった。任天堂の経営陣は今回、DSとは違い、3DSについて山内溥・前社長に「おうかがい」をたてていないようだが、山内前社長にいわせれば「ハード体質」に陥っているということになるだろう。

山内前社長が説いた「ソフト体質」

経営方針などを発表する任天堂の岩田社長(右)と山内前社長(2002年6月6日、東京都千代田区)

山内前社長は、娯楽産業において重要なのは「ソフト体質」であるという持論を説き続け、岩田社長ら現経営陣にも時間をかけて伝えた。すなわち、娯楽産業は必需品を作るハード側の産業とは違い、技術や性能、機能ではなく、コンテンツの面白さやルール、仕組み、すなわちソフトの出来が求められる世界だと。

当時の技術の粋を集め、最高の性能を誇ったニンテンドー64やゲームキューブ。その失敗について、山内前社長は07年末の取材で、こう自戒している。「ファミコンの時はたまたまソフト体質の人間に恵まれたけれども、次の段階では新しい開発者が出てきた。それが不幸にしてソフト体質でなかった。だから64のようなものが作られたわけ。あの時、僕は不満やった。64が出た時に『ダメだな、任天堂は』と思ったよ」

3DSは、64のようにハードの処理能力やグラフィックの描画能力を売りにしているわけではないが、裸眼立体視という機能を売りにしている点ではハード体質といえる。要するに「3Dだからこそ、こんな新しい遊び方や体験ができる」といった提案が弱かったのだ。

このほかにも、1年で最も娯楽品が売れる年末商戦直後の2月末(欧米は3月)に販売したことや、本体価格が2万5000円とDSよりも1万円高かったこと、国内では3月の震災の影響で消費が落ち込んだこと、といった複合的な要因が3DS不振につながったことはいうまでもない。3DSは発売直後の今年2月末~3月こそ、ゲームファンや任天堂ファンに向けて世界で361万台が売れたが、4月~6月の四半期はわずか71万台と急失速した。

この失速に加え、さらなる不運が重なったことで、業績の悪化は深刻度を増していく。

急失速に焦りを覚えた任天堂は7月、「年末商戦を見据え、あるべき普及の軌道に戻すため」(岩田社長)に本体価格の値下げを決断。8月にDSと同じ1万5000円へと引き下げた。3DSは立体視機能に加え、通信機能を大幅に強化したことから、本体のハードと内蔵ソフトともにDSよりも製造コストが高い。そのため、値下げが利益を大きく圧迫した。

値下げの穴埋めはなく、円高も直撃

任天堂がソニー陣営に押され、据え置き型で苦杯を喫した10年間、携帯型ゲーム機と人気シリーズの「ポケモン」が台所を支え続けたように、ほかのプラットフォームによる穴埋めもなかった。今年に入り任天堂は3DSの販売に集中し、さらに来年に発売を予定している据え置き型の新型機「Wii U」の準備に注力したため、3DSのみならずWiiやDS向けの新作ソフトをほとんどリリースできていない。ここに円高が直撃した。

決算の前提為替レートは、今年4月時点での1ドル83円、1ユーロ120円から、期末時点ではそれぞれ77円、106円へ変更。海外売上比率が約8割に達する任天堂では、円高が直接、売上高と利益の大きな減少につながるほか、外貨建ての保有資産も目減りする。11年9月の中間期決算では524億円もの為替差損を計上し、通期で200億円の最終赤字となる見通しとなった。

ちなみにDS人気に火が付く前の05年9月中間期決算では、半期の売上高が期初予想から約140億円減の1763億円にとどまったが、逆に経常利益は為替が円安に推移したため、期初予想から約240億円も増える結果となった。

ゲーム離れ、飽き、3DS本体をけん引する目玉ソフトの不在、既存プラットフォームのソフト不足、3DSの値下げ、円高……。これだけの悪材料が、任天堂を襲った。

つまり、スマホやソーシャルゲームをあげつらう前に、3DS不振と業績悪化の理由はそろっていたのである。確かにスマホの普及とソーシャルゲームの隆盛は、今後の任天堂の行方に影を落とす可能性はあるが、これまでの任天堂の窮状と並べて「背景」とするのはやや強引だ。

そして今後についても、必ずしもスマホとソーシャルゲームが壁になるとは限らず、お先が真っ暗というわけではない。任天堂復活のカギは、スーパーマリオが示唆している。

第2の「脳トレ」に向けた仕込みも

スーパーマリオ 3Dランドは、これまでの3DS向けソフトの中で、最も立体視機能を生かしたソフトといえる。立体視機能をオンにしてプレイすると、オフの時にはない没入感や臨場感が味わえるのだ。特に奥行きが広がる世界や高低差があるシーンでは、驚くほどの違いが出る。

「スーパーマリオ 3Dランド」で空中シーンが登場する「W1-3」の画面(立体視機能をオフにしてカメラで撮影)

3Dランドをプレイして地上、地下と2面をクリアしたのちの「W1-3」。今度の舞台は数百メートルはあろうかという高い崖の上から雲が舞う空中を飛んで下のゴールを目指すステージだ。ジャンプ台のような場所から下をのぞくと足がすくむ。意を決して飛び降りると、ジェットコースターで落ちる時のような感覚すら感じられる。立体的に見える視野角が狭いため、たまに映像がぶれて目の疲れを感じることはあるが、慣れれば気にならない程度だ。

「立体感が一番よく分かるのは高いところから飛び降りる時だと思います。落ちていくとき、3Dのおかげですごい迫力が感じられます」「これ、高所恐怖症の人とか、普通に怖いのでは?と思えます」。アマゾンのレビュー欄にはこうした声が多数ある。開発段階のモニターテストでも「高すぎて怖い」という意見が出たことから、高さを「調整」したほどだ。

3Dならではのギミック(仕掛け)も用意してある。3Dランドでは、コインやキノコなどのアイテムが隠されたブロックが積み重なった部屋が時折、出現する。立体視機能がオフの状態だと、手前に浮いているはずのブロックがあたかも奥のブロック群の一部であるかのように見えて、なかなかアイテムが取れない。立体視機能をオンにして初めて、全体像がつかめる。

単純に「画面が立体的に見える」という段階から、「立体視だから面白い」「立体的でないとわからない」という段階へ昇華したスーパーマリオ。確かにシリーズものであり、脳トレやWii Fitのような驚きを世間に与えるには弱いかもしれない。だが、任天堂が3DSで提案したかったことが、ようやく具現化してきたといえる。

そして、今年10月の決算説明会で岩田社長は、本格的に驚きを与える「仕込み」を来期に向けて始めていることを明かした。

「スマートフォンの普及で、かつての『脳トレ』や『Wii Fit』のような新しいジャンルの提案は難しいのではないかという見方をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、任天堂のハード・ソフトを一体に提案できる強みと、年齢・性別・ゲーム経験の有無を問わず、幅広いお客様に受け入れていただける製品を仕上げる強みを生かして、良い意味で驚いていただけるような製品の展開を目指してまいります」

ハードの特長を生かしたソフトによる新たな提案。DSとWiiの旋風はゲーム専用機だからこそ巻き起こった。3DSにも、スマホにはできない「何か」でふたたび旋風をもたらす可能性は残されている。

じつはDSと同等の立ち上がり

忘れられているが、何よりDSだって最初はおとなしかった。好調なのか、低迷なのか。期待値をどこに置くかで印象や表現は変わるものだ。

DSの世界での販売台数は発売後約4カ月で527万台、約7カ月で665万台。当時、メディアは「DSの販売が好調」と評価した。対して3DSは約4カ月で432万台、約7カ月で668万台。この数字だけを見れば互角の勝負だ。

3DSは急きょ値下げを断行したことが7月~9月の数字につながったが、といってもDSと同額であり、3DSはまだ1度も年末商戦を迎えていないことを考慮すると、「DSと同等かそれ以上の立ち上がり」とも評価できる。さらに、国内での販売台数の推移を比較すると、3DSへの期待を捨てるにはまだ早いということがよくわかる。

メディアクリエイトが推計している週次のデータをもとにDSと3DSの販売推移を重ねてみると、これまでの動きに大差はないことが分かる。発売直後は年末商戦か否かの差が出ているが、25週目以降は3DSの値下げ効果で3DSの方が好調に推移している。今の価値観に照らしてDSの立ち上がりが「低調」だったのは、単にハードだけでは世間を驚かせることができなかったためだ。

DSの売り上げが急速に伸び始めたのは発売からちょうど1年後、2回目の年末商戦にさしかかる05年11月末から。この年の5月に脳トレが発売され、じわりと口コミで広がり、年末にさしかかりマグマが爆発した。この前例を見る限り、3DSの成否に答えを出すまで発売から1年、あと4カ月ほどは猶予があるということになる。

ソーシャルゲームも、任天堂にとって逆風になるとは限らない。

「定額」という安心感

ソーシャルゲームは従来のビデオゲームとは違う道筋をたどって急速に普及した(別掲記事「激動のゲーム市場をめぐる3つの誤解」を参照)。単にユーザー同士が交流できるゲームという意味では、家庭用ゲーム機やパソコンのオンラインゲームが先に実現している。

DSと3DSでいえば、無線LANを経由した「すれちがい通信」がそれにあたる。任天堂がこの12月に発売する3DS向けソフト「マリオカート7」では、ネットを通じて「コミュニティー」で対戦仲間を募り、世界中のユーザー8人で同時にカーレースを楽しむこともできる。12月にSCEが発売する携帯型ゲーム機「PS Vita」は携帯電話のネットワークを利用して、さらに交流を密にしようという試みも始める。

一方、モバゲーやGREEに代表されるソーシャルゲームは携帯電話を利用し、ゲーム自体には無料で参加できるのが大きな特徴。ユーザー同士の交流は課金のための重要なモチベーションとして位置づけられ、ゲームを早く進められたり、強くなったりする有料アイテムの購入を促すものが多い。

最近ではGREEの「ドリランド」のように強いカードを集めるタイプのソーシャルゲームが主流となっており、強いカードを得られる可能性がある1回数百円程度のクジ引き「ガチャ」が主な収益源となりつつある。最初は無料で、のちに課金を促すビジネスモデルである以上、競争が激化するにつれ、ユーザーの射幸心をあおる方向へと突き進まざるを得ない。

「日本は欧米に比べてブームが作られやすいが、飽きのペースも速い。このままバトルもの、カードものばかりだと、ユーザーが食傷気味になる可能性はある。また、『ガチャ』を収益源とするゲームはあおり要素が強く、嫌気からユーザーが離れることもあり得る」。ソーシャルゲームに詳しい大和証券キャピタル・マーケッツのアナリスト、白石幸毅氏はこう指摘する。

ソーシャルゲームは一部のハマったユーザーによる課金で成り立つ。重課金ユーザーは全体の数%といわれ、多いユーザーになると月額数万円もの資金を投じるという。一方、家庭用ゲーム機は「ハードの保有期間や1つのソフトで遊ぶ日数を考えると、じつは娯楽の費用対効果としてはけっこう安い。問題はユーザーを惹きつけるようなジャンルのソフトを投入できるかだろう」(白石氏)

やはりソフト次第ということになるが、「定額」という安心感から家庭用ゲーム機の世界が見直される可能性も出てきた。月に数万円課金したとしても大人は自己責任で済むが、親元にいる小中高生はそうはいかない。任天堂に子ども向け需要の追い風が吹くこともあり得る。

今年7月の決算説明会で岩田社長は、「将来、任天堂の何かのゲームの追加ステージとして、『これを遊ぶためにはあといくら払っていただけませんか』ということはあって良いのではないか」と前置いたうえで、こう明言している。

「『数字のパラメーター(設定値)だけを触って、何かの鍵を開けるとか、何かがものすごく有利になるとかという形で課金する』ということは、クリエイティブの労力への対価ではない全然別の構造です。それを追求すると確かに短期的に収益は上がるのかもしれないのですが、お客様と私たちの間での長期的な関係は作れないのではないかというふうに思っていまして、こういう形での課金は、私たちのコンテンツに対してはすべきではないと、いうことも話しています」

任天堂流の方程式

岩田社長はあくまで「ハードとソフトを組み合わせた提案で、お客さんに驚き、喜んでもらう」という任天堂流の方程式を守ろうとしている。その方程式は、先代の山内前社長の時代から引き継がれたものだ。

「ゲーム&ウオッチ」(1980年発売)という手のひらサイズのゲーム機で人々を驚かせ、今度は「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」(83年)で初めて家庭にビデオゲームを持ち込んだ。その後、PSブームに押され10年ほど沈んだが、DSとWiiでふたたび驚きを与え、見事に復活を遂げた。

山内前社長いわく、娯楽の商売は「勝てば天国、負ければ地獄」。娯楽産業は家電や自動車メーカーなど必需品を作る産業とは違い、本来なくてもいいものを作っているという意識が厳然と備わっている。よほどの驚きや喜びを演出できなければ振り向いてはもらえず、ヒットしても飽きられたらおしまいで浮沈が激しい商売という認識だ。

だから任天堂は「地獄」に備え、株主から突き上げられようと、多額の内部留保を積み上げてきた。外貨建ての資産が目減りしているが、それでも9月末時点で9000億円近い現預金と有価証券がある。今期、200億円の赤字が出ても、経営自体は揺るがない。

「人生一寸先が闇、運は天に任せ、与えられた仕事に全力で取り組む」――。山内前社長による、「任天堂」という社名の解釈である。「失意泰然、得意冷然」――。山内前社長が掲げた座右の銘である。運に恵まれない時は、慌てず泰然と構え努力せよ。恵まれた時は、運に感謝をし、冷然と努力せよ。山内前社長はそう、岩田社長ら継ぐ者たちにも語ってきた。

岩田社長が就任して以降の任天堂は、DSとWiiで奇跡のような快進撃を遂げた。その印象があまりに強烈だっただけに、赤字転落の報をうけて世間は大騒ぎしている。そんななか、一番落ち着いているのは任天堂自身だろう。きっと今ごろ、画面を大きくし立体視機能の視野角を広げ、電池の持ちを長くしてスリムにしたような「3DS Lite」の開発と、驚きを演出する斬新なソフトの開発を淡々と進めているに違いない。

(電子報道部 井上理)

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