「UNIXはガマの油」 自社OS技術に自信 DECをめぐる伝説と夢物語(中)
村上憲郎のグローバル羅針盤(11)

(1/3ページ)
2011/11/8 7:00
保存
共有
印刷
その他

前回に引き続き、米DEC(Digital Equipment Corporation)をめぐる伝説と夢物語をお届けする。伝説と夢物語ということは、なかには今となっては真偽の確かめようもないこともあるので、眉に唾をたっぷりつけたうえで、お楽しみいただきたい。

■PDP-11、VAXの成功で世界2位の電算機会社へ

DECが開発したコンピューターのなかで最も成功したのは、語長16ビットのPDP-11シリーズと、その32ビット拡張版であるVAX11(Virtual Address eXtension of pdp-11)シリーズである。1970年代から80年代にかけてそれこそ一世を風靡(ふうび)し、DECを世界第2位のコンピューター会社へと押し上げる原動力となった。

村上憲郎(むらかみ・のりお)
元グーグル日本法人社長兼米本社副社長

1947年大分県佐伯市生まれ。70年京都大工学部卒。日立電子、日本ディジタル・イクイップメント(DEC)をへて、米インフォミックス、ノーザンテレコムの日本法人社長などを歴任。2003年から08年までグーグル日本社長を務める。

村上憲郎(むらかみ・のりお)
元グーグル日本法人社長兼米本社副社長

1947年大分県佐伯市生まれ。70年京都大工学部卒。日立電子、日本ディジタル・イクイップメント(DEC)をへて、米インフォミックス、ノーザンテレコムの日本法人社長などを歴任。2003年から08年までグーグル日本社長を務める。

PDP-11とVAXの開発を指揮したのが、あの伝説のコンピューター・アーキテクト、ゴードン・ベル(現在は、マイクロソフト在籍)である。

ゴードン・ベルが来日した1982年、VAXユーザーであった東京大学大型電子計算機センターに連れていった。同計算機センターの主要マシンは、日立製のIBMコンパチブル(互換性のある)の超大型メーンフレームであった。

当時、国立大学の計算機センターには、国策として日本製の大型のメーンフレームが割り当てられていた。例えば、「京都大学には、富士通製のIBMコンパチブルの超大型メーンフレーム」といった具合にである。

東大・大型電子計算機センターにあった日立製のIBMコンパチブルの超大型メーンフレームを見るなり、左右違った靴下を履いてきたゴードン・ベルが、私に尋ねた。

「ノリオ! プロフェッサー石田(当時、東京大学大型電子計算機センター所長であった、故石田晴久教授のこと)は、こんなマシンで、どうやって、コンピューターサイエンスを教えているんだ?」

私は答えた。「できないから、VAXを買ってくれたんだよ」。ベルはうれしそうに破顔一笑して叫んだ。"It quite makes sense!(それは、極めて理にかなっとる!)"

  • 1
  • 2
  • 3
  • 次へ

電子版の記事が今なら2カ月無料

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]