/

「iの時代」を創った男 ジョブズ氏が駆け抜けた15年

米アップルCEOを退任

IT(情報技術)業界を代表するカリスマ経営者である米アップルのスティーブ・ジョブズ最高経営責任者(CEO、56)が24日、退任した。共同創業者でありながら一度は会社を追われ、1990年代後半の経営危機の際に復帰。独自パソコンの「Mac(マック)」を軸に、携帯音楽プレーヤー「iPod」やスマートフォン(高機能携帯電話)「iPhone」などを世に送り出した。

だがジョブズ氏は単なるヒット商品のプロデューサーではない。インターネットとハードを融合させ、100年単位で続いてきた音楽や映像などコンテンツ(情報の内容)の流通形態や人々の生活、ワークスタイル、子供の教育手法までも一変させた。「iの時代」を創(つく)った男は、創造的破壊の体現者でもあった。

ジョブズ氏は商品やサービスの名前に「i」をつけることにこだわり続けた。IT業界では「非連続的」な進化を遂げないと勝ち残れない――。「i」の一文字は独創性を追い求めてきた同氏の思いの表れでもある。

アップルの2011年4~6月期の純利益は前年同期比2.2倍の73億800万ドル(約5700億円)。株式時価総額は約3500億ドルで、今月上旬には米資源大手エクソンモービルを上回り、米国企業で最大に上り詰めた。

その進軍は13年前のある日に始まった。

「これはインターネットの興奮と、操作が簡単なマックのマリッジ(結婚)によって生まれた商品だ」。1998年5月に発表した「iMac」。米カリフォルニア州クパチーノ市のアップル本社からほど近い劇場で、ジョブズ氏は熱弁を振るっていた。

カラフルな半透明のプラスチックに包まれたこのマックには、当時の標準的なパソコンに搭載されていたフロッピーディスク駆動装置がなかった。「いずれすべてのコンテンツはネットか大容量ディスクでやりとりされるようになる」。音楽や映像が難なく送受信できる時代を予見し、開発陣の異論を押し切ってあえて旧来型の記録媒体を捨てたのだ。

iMacの「i」はむろん「internet(インターネット)」の頭文字だが、それ以外の意味も込められている。「individual(個人)」「instruct(教育)」「inform(情報)」「inspire(高揚)」――。劇場のステージに立つジョブズ氏の背景には、これらの文字が大きく映し出されていた。

その前年の97年には暫定(インターリム=interim)CEOに就任しており、自ら「iCEOと呼んでくれ」というほどの凝りようだった。

 だが、その直前までアップルの経営は瀕死(ひんし)の状態だった。ジョブズ氏がアップルコンピュータ(現アップル)を創業したのは、ビル・ゲイツ氏が米マイクロソフトを設立した直後の1976年。しかしわずか9年後の85年には、経営方針の食い違いなどから会社を追われた。

そして96年、ジョブズ氏は経営不振のアップルに顧問として呼び戻される。ジョブズ氏が復帰する直前の社内の様子を、当時アップル米国本社の副社長だった原田泳幸氏(日本マクドナルド会長兼社長)はこう証言している。「業績不振のため役員会や幹部のミーティングはまるでお通夜のように暗い雰囲気で、経営は混乱を極めていた」

ジョブズ氏は、15種類あった製品を4種類に絞り込むなど大胆なリストラに着手。縮小均衡ではなく反転攻勢の次の一手として繰り出したのが「i」で始まる新商品だった。

「ネット時代を迎え、個人や教育市場を対象として、情報を簡単にやり取りできる、気持ちをわくわくさせる商品を提供しよう」。こんなシンプルな考え方に沿って開発した商品やサービスは次々とヒットする。

2001年にiPodを発売し、03年には「iTunesストア」を開始。07年のiPhone、10年の多機能携帯端末「iPad」、そして11年のクラウドコンピューティングサービス「iCloud」へとつながった。

iMacはパソコンの家電化を進め、高速ネットの普及も加速させることでソフト会社やライバルのパソコンメーカーにも恩恵をもたらした。

ジョブズ氏のすごみは、従来の市場にない商品やサービスを矢継ぎ早に投入し、自社や他社を問わず、既存の秩序を「破壊する」という点にある。ソニーは「ウォークマン」の開発によって、音楽を屋外で楽しむ文化を創造したが、iPodはそれを瞬く間に脇役に追いやってしまった。

それはハードウエアだけにとどまらない。iTunesストアは音楽ソフトの消費スタイルや流通慣行を抜本的に変えた。1曲ごとの購入が可能になった結果、「アルバム」という組み合わせ販売を原則としていたレコード会社のビジネスモデルは崩壊。レコード会社の合従連衡や、新たな収益源としてのライブ事業の拡大など業界の景色を塗り替えてしまった。

 「パソコンは間もなくデジタル生活の主役でなくなる」。今年6月、ジョブズ氏はiCloudの発表会見でこう語った。1976年に世界初のパソコンといわれる「Apple I」を発売してから35年。ジョブズ氏は「パソコンの生みの親」のひとりでもあるが、CEOとして臨んだ最後の公の場で、パソコン中心の時代の終焉(しゅうえん)を自ら告げた。

カリスマ、ビジョナリー、独裁者……。ジョブズ氏には様々な呼称がついて回るが、その破壊力は時として自分にも向けられた。最後の発言はその象徴ともいえるだろう。だがIT産業の中心地であるシリコンバレーで過去10年、トレンドを創造してきたジョブズ氏が去った後、誰がけん引役を演じるかというと、勢力図は混沌としてくる。

「今後5年間で全産業はソーシャルの流れに対応するために大きく姿を変える」。

こんな予言じみた言い方をしているのは、米交流サイト(SNS)最大手フェイスブックの共同創業者、マーク・ザッカーバーグCEOだ。2004年にサービスを開始し、すでに世界で7億5000万人超の会員を持つ。ジョブズ氏が10年前に熱狂したネットの使い方をソーシャルで塗り替えようとしており、ゲームや通信、メディアといった産業のパラダイム(枠組み)シフトを促そうとしている。

アップル再生の端緒となった「iMac」が世に出てから数カ月後の1998年9月、シリコンバレーでネット検索のグーグルが産声を上げた。共同創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン氏は検索技術や検索連動型広告で既存の産業に地殻変動をもたらした。

そのグーグルは今月、米通信機器大手のモトローラ・モビリティーを約1兆円で買収することで合意。さらにシリコンバレーの源流企業の1つでもある米ヒューレット・パッカード(HP)はパソコン事業の分離検討を発表した。新興企業の隆盛と老舗企業の苦闘は、自ら変化し続けることの難しさを物語っている。

必要とあらばためらうことなく、過去の成功モデルと決別する――。そんなジョブズ氏の「破壊的」な創造精神を受け継いでいくIT業界の次の担い手は、果たして誰なのだろうか。

(シリコンバレー=奥平和行)

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン