2018年6月20日(水)

原爆忌と原発忌 俳句一口講座 広島忌

2011/8/6 15:30
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◇            ◇

(たかだ・まさこ)1959年岐阜県生まれ。東京大文学部卒。主婦で2女の母。俳句結社「藍生」所属

(たかだ・まさこ)1959年岐阜県生まれ。東京大文学部卒。主婦で2女の母。俳句結社「藍生」所属

 今回の季語は「広島忌」、広島の「原爆忌」のことです。8月6日なので、季語として用いる場合は〈夏〉となります。

 長崎の「原爆忌」は9日です。「長崎忌」とも呼びます。どちらも原爆忌なのですが、長崎のほうは〈秋〉の季語です。間に立秋が入るので、夏と秋になるわけです。

 広島忌振るべき塩を探しをり櫂未知子
 首上げて水光天に長崎忌五島高資
 手がありて鉄棒つかむ原爆忌奥坂まや

 ただ、両「原爆忌」や「終戦日」には、季感を超越したものがあるでしょう。原爆投下から終戦にいたる経緯を考えれば、ひとつながりのものとして捉えるのが、あるいは是かもしれません。

 歳時記によって、広島忌を夏の巻、長崎忌を秋の巻に収めていたり、原爆忌としてまとめて秋の巻に収めていたりするのは、そうした事情によります。なんらかの決断を下さなければ、本の形になりませんから。

 お手元の歳時記にはどのように収められているでしょうか。

 「終戦日」については、あくまで「敗戦日」だと主張する方もおられます。私は戦争を知らない世代ですが、だからこそ、それらの主張に対しては頭を垂れるほかありません。終戦忌、敗戦忌、八月十五日など、その日を表す語は一通りではありません。これらはいずれも〈秋〉の巻に収められています。

 終戦日妻子入れむと風呂洗ふ秋元不死男
 堪ふることいまは暑のみや終戦忌及川 貞
 濡縁のとことん乾く敗戦日宇多喜代子
 敗戦記念日の手花火の垂れ玉よ三橋敏雄
 正座してわれの八月十五日齊藤美規

 人によって気持ちは異なるでしょうし、同じ人でもその時と場合によって違う感情を抱くでしょう。それらに応じて、もっともふさわしいと思われる表現を、選びとっているのではないでしょうか。

 天災に人災が加わった3.11の衝撃も、未来永劫褪(あ)せることはないでしょう。「原発忌」という新しい言葉も登場しています。ただ、この言葉が季語として定着するかどうかは、言葉の存在に見合っただけの作品が誕生するかどうかにかかっています。

 言葉だけが先行することはありません。人の思いに強く裏打ちされ、普遍性をもったとき、季語が誕生します。バーチャルな言葉遊びではなく、日々の営みから生まれ出る根源的な作品を求め、かつ自らにも課したいと思います。

(高田 正子)

「初めての俳句・短歌」では、日本経済新聞土曜夕刊の連載「耳を澄まして あの歌この句」(社会面)に連動して、毎回、季節に合った写真に短歌や俳句を添えます。歌人の大辻隆弘さんと、俳人の高田正子さんが歌や句の背景、技法についてわかりやすく解説します。

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