米アップル「アップストア」価格改定の波紋
日本で115円→85円 出品者「寝耳に水」で大混乱
1本115円だったアプリが突然85円に――。米アップルがアプリ配信サイト「アップストア」の日本向け販売価格を改定したことが波紋を広げている。同社は為替変動に対応する形で14日に価格表を改定し、日本の場合、全体では約3割程度の値下げとなる。ユーザーの間では歓迎の声が上がっているが、売上金額の一定割合が収入になる有料アプリ出品者への影響は深刻だ。アップルからの事前説明も皆無だったため、出版社などは急きょ手作業で表示価格の調整に追われるなど混乱に陥っている。

115円が85円に
「今まで購入をためらっていた2000円以上のアプリも安くなった。今のうちに買おうかと考えている」。都内在住の20歳代女性はアップストアのアプリが軒並み値下がりしたことを歓迎する。14日時点の有料アプリの販売ランキングを見ると、上位は「85円」のものが並んでいるが、その多くは従来115円で売られていたものだ。
アップストアでの販売価格は、「115円」を最低価格として、「230円」「350円」「450円」など、ほぼ115円刻みで決められた単価テーブル上で出品者側が設定する。同テーブルは米ドルで0.99ドルの時は日本円では115円、米ドルで1.99ドルの場合には日本円で230円という具合に通貨間で連動している。
今回は日本円のほか、英ポンドや豪ドルなど複数通貨に関し単価テーブル自体が抜本改定された。0.99ドル相当に設定されていたアプリは、今までの115円が85円に変わった。アップルでは「為替や各国の法律に合わせた措置」(アップル日本法人の竹林賢広報部長)と説明しており、日本については円高が進んだ最近の為替レートを反映したものと考えられる。
ただ、この改定はアプリ出品者にとって「寝耳に水」だった。
「事前に何の連絡も無く価格を下げるなんて有り得ない」。アップストアを通じてiPhoneやiPad向けに電子雑誌を販売する企業の担当者は憤る。アップル側からの説明はまったく無く、値下げに気付いたのも既に価格が変わった14日朝の出社後。「115円」で出品していたものは自動的に「85円」に値下げされていた。「価格は各雑誌の出版社と調整して決めている。勝手に変えられては困る」
事前の連絡、全く無し
事前調整する時間は無く、一度自動的に下がった電子雑誌の価格を元の価格に近づけるため、急きょ出版社と協議して170円や250円に「値上げ」し直した例も出ているという。アップストアと同じ価格だったはずのアンドロイド(米グーグルの技術を使った携帯端末)向けとの間で価格差が生じるという問題も発生。アンドロイド向けの価格改定も必要になったという。
アプリの売り上げは、手数料などでアップルが3割を徴収し、残り7割が開発者の取り分となる。日本円で購入するユーザーがほとんどのアプリの場合、日本向け価格が下がれば出品者もアップルも取り分は小さくなる。
ただ、その穴を埋めようと単純に値上げすれば良いわけでもない。ゲームアプリを配信するある会社の担当者は「いったん下がった価格を上げた場合、ユーザー離れが起きないか心配」と話す。iPhoneアプリは低価格や無料のものが多く、ユーザーが価格に敏感だからだ。
このゲーム会社の場合、元々450円だったアプリを115円で配信するキャンペーンを始めたばかり。今回の予期せぬ価格改定でこれが85円になってしまったが、170円などに値上げすることには慎重だ。「価格が下がったままが良いのか値上げした方が良いのか判断に迷っている。ほかの会社がどう動くかも見極めたい」と対応を決めかねている。
日本電子出版協会(JEPA、東京・千代田)の三瓶徹・事務局長は「辞書など高い価格でも売れる魅力的なコンテンツを持つ出版社などは値上げすることもできるだろう」と語る半面、「そうでない(他社との競合が激しい分野の)開発者は(値上げなど)自分で価格を再設定するのは容易でない」と話す。
iPhoneやiPadの利用者は世界に広がっており、その厚い層にコンテンツを販売できるアップストアの存在感は大きい。同ストアが配信しているアプリ(有料・無料)の種類は全世界で42万5千種に達している。ダウンロード件数も2008年7月の配信開始以来、世界で累計150億件を突破した。
一方、競合するアンドロイド端末の販売台数も伸びている。日本での電子書籍配信ではアップルのほか、グーグルや米アマゾンも参入する見込みだ。今回のアップルの突然の価格改定について、ある電子出版関係者は「成長途上の市場であるが故の拙速」と分析。アプリの売れ行きを左右する重要な要素である価格決定に関わる話だけに「出版社や開発者と事前に話し合うなど、もっとスムーズに進める策もあったはず」と指摘する。
アップルがドルベースでアプリ販売事業を手掛けている以上、今後も急激な為替変動に伴って、突然、価格テーブルが改訂される可能性はある。コンテンツの電子配信で海外大手の影響力が強まる中、その枠組みに依存している日本の開発者側がどう主体性を持てるのか。今回の価格改定に伴う業界の困惑と混乱は、販売のプラットフォーム(基盤)である「マーケット」を持たないリスクを浮き彫りにしている。
(電子報道部 宮坂正太郎、杉原梓)