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小さな会社が世界で勝つ法則 ヒット生む文化とは

6万本の大競争時代

ゲームジャーナリスト 新 清士

スマートフォン向けゲームソフトの市場は大競争時代に突入した。「iPhone」のダウンロード販売システム「AppStore」を活用すれば全世界にリリースするのは簡単だが、現実には6万本のゲームがひしめき合う。そのうち無料ゲームが約4割を占め、平均販売価格はわずか約1ドルだ。

では世界市場で勝つためにはどんな条件が必要なのか。重要なのは大資本や企業規模ではなく、知恵と工夫である。日本にもそんな無形の武器を手にした会社がある。世界にヒット作品を発信している社員数わずか25人のゲーム開発会社、アルティ(福岡市)の取り組みを紹介したい。

スマートフォン市場で世界を目指す決断

アルティはロールプレイングゲームの「ワールド・ネバーランド」やミステリーアドベンチャーゲーム「藤堂龍之介探偵日記」などのシリーズで知られている。最近は、月額300円程度という低価格の携帯電話向けシリーズを展開し、固定ファンに支えられて手堅く収益を上げてきた。特に「ワールド・ネバーランド」シリーズのユーザーは6割が女性だ。女性ユーザーは息長く同じゲームを遊んでくれるという特徴がある。

しかし、スマートフォンやソーシャルゲームの台頭によって、携帯電話向けの月額課金型のビジネスが限界を迎えつつある。宮崎慈彦社長は現在のシリーズで収益を得ている間に新市場で稼げる組織改革を真剣に考えていた。携帯電話のソーシャルゲーム分野にも進出してみたが、従来型の「一つの完成したゲーム」を作ることに慣れている社員は、アイテム課金などの仕組みの設計が苦手で、うまく流れに乗れない。

一方、「AppStore」などの市場では、完成品を作ってうまくヒットすれば世界を相手にビジネスができる。宮崎氏の頭にはフィンランドの小規模ゲーム会社Rovioのサクセスストーリーが浮かんでいた。全世界で5000万本以上のダウンロード実績をもつ同社の「AngryBirds」シリーズのような作品をアルティが作ることは不可能でないと考えたのだ。

さっそく宮崎氏は社内に「海外挑戦プロジェクトチーム」を作った。数名の社員を2チーム用意し、2カ月程度のサイクルで海外市場で通用するスマートフォン向けゲームを出すという目標を掲げ、開発作業を始めた。しかし「海外で売り出すゲーム」というコンセプトは決めたが、雲をつかむような話でもある。海外市場でヒットしているゲームを徹底的に分析した。すると「ルールは単純だが、ゲームは奥深いもの」、「キャラクターがかわいらしく、男女問わずに親近感を感じてもらえるようなもの」といった特徴が見えてきた。

それらの要素を反映する形でiPhone向けパズルゲーム「忍者レスキュー」の開発が始まった。

日本の開発現場で重視されない「QA」

宮崎氏がゲームのヒット傾向の分析以上に重要だと考えたことがある。欧米圏で一般化している品質保証(QA=Quality Assurance)の方法論を導入することだ。

ゲームの開発現場の人間は「自分がゲームを理解できるのだから、他人も遊び方を理解できるだろう」と考えがちだ。社内の開発者に「この点は直した方がいいよ」といっても現場は言うことを聞かない。「社長の考え方は偏ってますから」とあしらわれてしまう。

しかし、過去にあるゲームをリリースした後に、インターネット上でユーザーから「操作性が悪い」といった指摘を受け、しまったと気づかされることをたびたび経験している。社内の別のチームからすれば「そんな基本的なことでミスを起こしやがった」と、どこか馬鹿にするような風潮もあった。

宮崎氏はそんな状況を崩したいと考えていた。海外のゲーム開発ではQAが非常に重視されていることを知識として知っていた。一般的に日本のゲーム会社でのQAは単なるデバッグのプロセスと考えられ、不具合を調べる担当者(テスター)を通じてバグチェックはするものの、テスターからゲームそのものへの改善案が上がってきても、現場では無視するのが普通だ。

米ピクサーの手法に影響受ける

しかし欧米圏で質の高いゲームを継続して開発している企業はQAの過程を重視している。ゲームの骨格ができあがると、できるだけ早くQAチームに渡す。そして毎日、毎週のようにゲームの出来を評価してもらい、それを「面白さ」に反映するようにフィードバックしていく。しかし日本の開発現場で「QAを導入しよう」などといった瞬間に、社員は猛烈に反発する。

宮崎氏が大きく影響を受けたのが米映画会社、ピクサーの作品のメイキングムービーだ。その中にはピクサーのアニメーションスタッフが「プレビュー」という作業を行っているシーンがある。これは、前日に作ったアニメーションの内容の出来、不出来をスタッフみんなで毎日チェックをする工程だ。スタッフは映画公開という締め切りを抱えて忙しいはずなのに、プレビューで受けた指摘を懸命に反映してより良いシーンに仕上げようと粘る。

宮崎氏は社員旅行の移動中のバスの中でこのDVDを全社員に見せた。世界トップのピクサーでさえ、こうした客観的なチェックを重視していることを伝え、社内で独自にQAプロセスを作り上げる必要性を訴えた。

予算をかけずに「社内QA」を作り出す

ではどうすれば、社員数が少なく潤沢な予算があるわけでもないアルティに、世界を目指すQAが構築できるだろうか。カギは「社員全体で自社のゲームを評価する習慣を作ること」と「海外の人に実際に確認をしてもらう場を作ること」だと宮崎氏は考えた。

宮崎氏は、この海外挑戦プロジェクトを開始する上で、あるルールを決めた。「パイロット版」を1カ月という短期間で作成し、その作品が「社内評価で"おもしろさ"を証明できなければ開発を中止する」というものだ。日本のゲーム開発者は考え抜いた末に、最後の段階で「おもしろさ」を演出しようとする傾向が強い。当然、新ルールへの反発も予想されたが、宮崎氏はスマートフォン向けゲームのように、短期開発で勝負しなければならない市場で重要なのは、ユーザーがゲームを始めた直後の「食いつき」であると考え、それを意識させたかったのだ。

宮崎氏は海外の人に作品を試してもらう方法として、福岡に来ている留学生に依頼することを思いついた。福岡市の情報センターに問い合わせて6校を紹介してもらい、各校に開発途中のゲームの評価に協力してもらうよう頼んで回った。

学生の多くは数カ月間の短期留学生だ。日本が好きで日本語を勉強してみたいという目的で来日しているため、日本語がそれほどできない学生が多い。それだけに海外ユーザーの意見を取り込むのにはぴったりだ。そこに開発中の「忍者レスキュー」を持ち込んだ。

まったくゲームを進められない留学生

開発中のゲームをiPhoneにインストールしたまま学校に持っていくこともできる。会社から歩いて10分ほどのところにある大学の寮に社内の開発用ハードを何台も全部持ち込んで、実際に遊んでもらった。

「忍者レスキュー」は、積み木状のオブジェクトを配置して弾が転がる様子を見るだけの簡単なゲームだ。どんなゲームかといった説明さえいらないはず……。開発チームはそう思っていた。ところが開発チームはショックを受けた。留学生たちは誰一人として、画面上にオブジェクトを配置することができなかったのだ。オブジェクトは画面の地面に置けば、タッチスクリーンのどこを触っても配置できるようになっていたのに、留学生たちにはまったく分からなかったのだ。

ゲームが「面白い」「面白くない」と評価してもらう以前の問題だった。落ち込んだ社員は帰り道に自然と改善点を探る議論をし始め、普段は我が強くて自分の意見を曲げないスタッフも、会社に戻るとすぐに問題の解決に乗り出した。

翌日もう一度、別の日本語学校でゲームを遊んでもらった。今度はオブジェクトを配置できる場所に置くと「OK」ボタンが表示されるように変更した。念のために説明マニュアルも英語で作成したが、操作方法で迷う人が出なかったため、用意したマニュアルは不要だった。

最初の関門を越えれば面白いと感じてもらえるはずだという自信があった。その通り、留学生たちは熱中して遊んでくれた。特にiPadの大きな画面で遊んでいると、欧米圏の人らしいオーバーリアクションとともに、周りの人も集まって色々な意見を言いながら遊び出す。ニコニコ顔が止まらなくなった社員は、ひそかにガッツポーズをした。

社内に定着する「プレビュー」の文化

自然と社内で普段はゲームで遊んでいない人の意見が重要視されるようになった。開発中のゲームが回覧され、自由に感じたことを紙に書き込んでいいというルールができた。最初はなかなか書き込みがなかったが、最近では忙しい仕事時間の合間をぬって、誰もがゲームをやるようになり、山のように意見を書いてくれる。それが「ゲームを良くする」という工程であることを、誰もが肌で感じられるようになったからだ。

特に経理担当者の意見は大事だと認識されるようになった。開発に直接関与しない人にとって操作方法が分からないようなゲームは、最初から多様な文化や背景を持つ色々な人に受け入れられるはずがないからだ。

宮崎氏は「QA」をもっと現場が受け入れやすくするために、社員によるチェックを「社内プレビュー」と呼び、留学生による評価を「モニター会」と呼ぶようにした。モニター会では、英語がさほど話せないスタッフが必死になって留学生の言葉をメモに取る。

留学生には遊んでもらった後にアンケートに答えてもらう。熱中して遊んだ後にアンケートに書き込む人もいれば、ちょっとだけ遊んだ後にすぐに答える人もいる。スタッフは、できるだけ遊んでもらえるよう、もっと完成度を上げようと必死になる。

ゲーム開発の早い段階から社内プレビューやモニター会を積み重ねることで作品の完成度が高まることも社員全員が経験した。最初の取り組みから1年あまり、QAの効果が社内文化として定着しつつある。

ある日突然、世界で話題になる作品が登場するか

次の段階は、クオリティーを高めた作品をひっさげて実際に海外で挑戦することだ。「忍者レスキュー」は、6月23日に2カ月あまりの開発期間を経て全世界にリリースされた。世界市場で会社のブランドを確立することを狙って無料の広告モデルで配信を試みている。

今のところ、日本のパズルゲーム分野で1位、全分野で28位。欧米圏ではパズルゲーム分野で100位前後だが、全体のランキングに入るまでには至っていない。しかし、なぜかタイや台湾で総合10位以内に入る健闘を見せている。「どうしてこの違いが出ているのか分からない」と宮崎氏は言う。これらの市場分析も今後の課題だ。

道半ばとはいえ、アルティはスマートフォン向けゲームでヒットを飛ばす最初の条件づくりに成功しつつある。短期で質の高いゲームを継続的に作り続ける体制を、社内文化として根付かせたのだ。この会社から、ある日突然、全世界で話題になるゲームが登場してもまったく驚かない。

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