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「オープンな場」で最先端のネット技術を

MITメディアラボ所長に就く伊藤氏に聞く

編集委員 小柳建彦

デジタルガレージ取締役の伊藤穣一氏

デジタルガレージ取締役の伊藤穣一氏が9月、世界屈指のIT(情報技術)研究機関であるマサチューセッツ工科大(MIT)メディアラボの所長に就任する。

伊藤氏は米国の2大学を中退しているが学位を持たず、これまで基本的に起業やベンチャー投資というビジネスの世界で生きてきた。学術機関のトップとしては極めて異例の人事を通じて、伊藤氏と同ラボは今後何を生み出していくのか。インタビューでの発言から探ってみる。

伊藤氏はMITメディアラボと日本との交流を強化したいと考えている

伊藤氏はMITメディアラボと日本との交流を強化したいと考えている

人事では「学位」より「インパクト」重視

「米国のIT分野で社会に貢献している人たちをみると、(フェイスブックを創業した)マーク・ザッカーバーグにしても、ビル・ゲイツにしても、大学を中退している人が多い。だから(学位とは)いったい何なんだろうという議論があるわけです。メディアラボもMITの中では先端というか端っこというか、やや変わったところなので、学位よりも実際のインパクトの方が重要だという意思表示を(今回の人事に)込めたのではないでしょうか」

伊藤氏はタフツ大のコンピューター科学科、シカゴ大の物理学科と2回大学を中退している。「型にはまった教育内容があまりにも退屈だった」という。十代のころ、父親の師匠だったノーベル賞学者の福井謙一氏に「大学が役に立った時代は終わったので行かなくていいよ」と言われたことも、影響している。1980年代、高校を出るか出ないかのうちから、パソコン通信などの分野でビジネスを始めていたことを考えると、まさしくゲイツ氏やザッカーバーグ氏に通じる、教育制度にはまりきらないIT起業家タイプだといえそうだ。

ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)やブラウザー(閲覧ソフト)といった技術が登場した90年代前半からインターネットでいろいろな実験や起業に加わってきたこと、米国育ちであることなどを背景に、これまでネットの発達を担ってきた世界中の学者やビジネスマンと広く深い人脈を築いてきた。メディアラボ創設者のニコラス・ネグロポンテ教授とも親しい。昨秋、MIT理事の立場で最初に所長ポストを打診してきたグーグル幹部のメーガン・スミス氏とも、20年来の付き合いだという。

それでも伊藤氏は所長の打診を受けたとき、学位のない自分の所長就任がそう簡単に承認されるわけはないだろうと思っていたという。だが300人以上の候補者から選ばれたのは自分だった。

異色のIT研、アバンギャルドな成果も

伊藤氏のインタビューの詳報はこちらで

伊藤氏のインタビューの詳報はこちらで

メディアラボは電子工学やコンピューター科学ではなく、建築学部に作られた組織。ネグロポンテ氏ももともと建築の教授だ。コンピューターを使った設計・デザインの可能性を探るうちに、コンピューターや通信そのものの表現力や使い方の可能性を探る学際的研究所として同ラボを1985年に創設するにいたった。つまりIT系の研究所としては成り立ちからして異色といえる。その後同ラボはすべての情報がデジタル化していくデジタル革命の案内人役を担いつつ、アートなどアナログ的、人間的な分野とITを融合させるプロジェクトを多く手掛ける。研究成果は視覚的にもアバンギャルド(前衛的)なものが多い。そういう意味でも、論文を審査するような伝統的な選考手法をかなぐり捨てた今回の人事は、極めて同ラボらしいといえる。

ソーシャル技術も使いイノベーションを

「あるテーマをイノベーション(革新)やインパクト(社会への影響)にしていくパスウェー(道筋)として、シリコンバレー的なベンチャー起業モデルがベストとは限りません。アカデミックな研究や社会的起業、あるいはアートといった手法が向いているかもしれない。そういう意味で、メディアラボがシリコンバレーの中心にあるスタンフォード大みたいになる必要は全くないと思っています。ただ、すごく優秀な人が居心地のよい場で研究や勉強に没頭できてしまうと、そこから外に出る必要がなくなってしまう。結果的に外とのインターフェースがとぎれてしまいがちになります。そこでもっと積極的に海外に出かけていくとか、外部の人を呼んできて交流するとか、ネットやソーシャルの技術も活用しながらもっとオープンな場にしていく余地があるのではないかと思っています」

スタンフォード大は在学生がヤフーを生み、グーグルを生んだ、いわばベンチャー起業家の養成機関的な役割を果たしている。地元シリコンバレーの起業家、経営者による授業も多く、学長のジョン・ヘネシー氏も起業経験がありグーグルの取締役も務める。大学の内と外の壁が限りなく低く、結果的にシリコンバレーでの産学の連携や交流が極めて盛んになっている。これに比べると、東部のボストンにあるMITは外界との垣根が高く、研究成果が起業を通じて社会的に大きく影響を与えるようなケースが、スタンフォードに比べて少ない。

国籍・世代を超えたアカデミズムの新境地

しかし、伊藤氏は「ベンチャー企業は5年先のビジョンは描けるが、それより長いスパンのビジョンを追求するのは苦手」と指摘する。そこはアカデミックな機関の得意領域との認識だ。しかも「ネグロポンテは『論文書いてばかりいると自滅する』とか『デモをやらない者は去れ』というのが持論。メディアラボではその哲学が徹底されていて、論文中心の伝統的なアカデミズムとは違う場」とも言う。

そんなユニークな研究手法、情報発信力を持った学術機関である同ラボで、長期的なビジョンを追求するのを楽しみにしているようだ。そこに伊藤氏が得意な、国籍や分野、世代を問わない知性とのコラボレーションを導入すれば、アカデミズムの新境地を開けるかもしれない。

世の中がメディアラボに追いついてきた

「メディアラボは早い時期からデジタルやインターネットの実験をやったので、そのうち飽きちゃったのではないでしょうか。ライフ・サイエンスとかロボットとか、もっとその先に興味の中心が移っていった。今ようやくインターネットの現実が、彼らが20年前に言っていたことに追いついてきた。そこでもう一度、ネットをちゃんとやった方がいいのではないかという思いをラボの人々は持っているようです。それが、僕が今回所長候補に挙がった1つの理由だと思います」

伊藤氏のこれまでの起業やベンチャー投資は、その時々のインターネットの先端分野が中心だ。デジタルガレージは日本初の個人ホームページを作った会社。その後、検索エンジンのインフォシークの日本事業、ブログソフトのシックスアパート、ミニブログのツイッターと、常にネットの波頭をとらえてきた。インターネット上の住所を管理する団体であるICANNの理事を務めたこともある。

そんな伊藤氏にメディアラボが期待する大きな役割の1つが、インターネット分野の研究拡充に必要な人材、アイデア、外部とのコラボレーションを強化することのようだ。「今は言えないが、ネット分野でいくつか新しいプロジェクト・テーマが挙がっている。教授の増員枠もあって、ネットやソーシャル・ネットワーク分野の拡充があると思う」と言う。

世界中から「何かやろう」と誘いの声

「メディアラボは世界にスポンサー企業が70社あり、世界中の機関と共同プロジェクトをやっています。世界に対してラボを代表して発言していくことを期待されてもいます。すでに世界中の知人から何か一緒にやりたいと言われ始めています。ボストンにアパートは借りましたし、もちろんいるべきときにはいますが、飛び回る生活がどれほど変わるかは正直いって分かりません」

直近の伊藤氏の"住所"はドバイ。日本のデジタルガレージの仕事のほか、シンガポールでベンチャー育成事業を手掛け、米国や欧州は当然のように頻繁に訪れる。これほど文字通り世界を飛び回っている人物はそう多くない。メディアラボ所長という、いわば常勤職につくとこのスタイルが変わるのではないかと思いきや、そうとも言い切れないらしい。

海外からの教授や学生のリクルートには積極的に外で情報発信することが必要。「中東・アフリカとのかかわりを拡充したいし、数人しかいない日本人の学生も増やしたい」とも言う。日本とメディアラボとのパイプも積極的に強化したい考えだ。「これからは米国にいる時間が最も長くなりそう」という程度で、日米欧とアジア・中東を飛び回る伊藤氏のライフスタイルは根本的には変わりそうにない。むしろ精力的に飛び回り続けてもらうことを、メディアラボも期待しているのではないだろうか。

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