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「夫の病気にも圧勝する」 DeNA南場社長、退任への思い

「会社は公器」を貫いた決断

会員数2700万人の携帯電話向け交流サイト(SNS)「mobage(モバゲー)」を擁し、急成長を遂げているディー・エヌ・エー(DeNA)。創業社長の南場智子(49)は病気療養中の夫の看病に時間を割くため、6月の定時株主総会で非常勤の取締役に退く。日本を代表する高収益ネット企業を育てた経営者の唐突な退任発表。「夫の看病」が今回の社長交代を招いたのは事実だが、南場本人にとっては既定路線の誤差に過ぎない。

早稲田大学の授業で特別講師として学生の質問に答える南場社長(5月25日)

退任を公表した5月25日の夕方、南場は後任社長でモバゲー事業を引っ張ってきたCOO(最高執行責任者)の守安功(37)とそろって東京証券取引所(東京・中央)での記者会見に臨んだ。そして会見直後、南場はハイヤーに飛び乗り、早稲田大学の早稲田キャンパス(東京・新宿)に向かった。6時限目の授業で特別講師として教壇に立つためだ。

社長交代は企業にとって「重要事項の適時開示」だ。堅苦しい会見を終えたばかりの南場だったが、ラフな格好の学生を前にして、いつもの「南場節」を取り戻していた。「まぁ、そういうわけでして。あのー、なんかタイミング悪くてですねー。いろいろ話をしようと用意してきたんですが、今日は全部Q&Aにします! で、何か聞きたいことあります?」

のっけから南場らしい軽妙なキャラクター丸出しで始まった特別授業。まず飛び出したのはこんな質問だった。「プレスリリースを見て大変、驚きました。現時点での率直なお気持ちをお聞かせください」。記者会見顔負けの突っ込みが南場の本音を引き出した。

「5月10日くらいに(辞めることを)決めたんですよ。この2週間くらい、重大なインサイダー情報を抱えて、誰にもバレないように生きてきたのが辛くて。会議で詰めが甘い社員なんか、いつもの5倍くらい怒ったりして。キミは怠慢だ、とかいって。私は焦っていて、引き継ぐまでにしっかりさせなきゃと思ってるから。でも、『じつは辞めるんです』とは言えない。だから、心境としては、今は、すごくすっきりしていますね」

唐突な社長交代に揺れたネットと市場

DeNAの2011年3月期決算は売上高が前年比134%増の1127億円、営業・経常利益はそれぞれ同164%増の560億円、同161%増の562億円。5月26日時点の時価総額は4240億円と、同2860億円の日本テレビ放送網を筆頭とするテレビ民放各社を軽くしのいでおり、営業・経常利益ではともに電通(509億円、541億円)を抜き去った。設立からわずか12年で名実ともにネットメディア業界の雄へと育て上げた南場。辣腕経営者の突然の退任に多くの人が驚き、株式市場は動揺した。

社長退任の記者会見をした南場社長(左)と6月に新社長に就く守安取締役(25日、東証)

25日午後3時過ぎ、退任の報はネットを駆けめぐり、話題をさらった。「びっくり」「家族のために、すごい」……。国内で1700万人以上が利用する「Twitter(ツイッター)」では、最もつぶやかれた単語を抽出する「トレンド」の1位に「南場」が浮上。株式市場では、翌26日に売り先行で始まった株価は106円ほど値を下げた。

実は南場にとっても、突然の退任は予期せぬ事だった。好決算を発表した大型連休前の4月28日、南場とCOOの守安が続投し、昨年買収した米ソーシャルゲーム大手、ngmocoのニール・ヤングCEO(最高経営責任者)が取締役に新任するなどの新体制を固めたばかりだった。連休前半には夫婦そろって結婚式に列席したとの話もある。ところが事態は急変した。

「私の夫ということで、病気だということを世の中にさらされなければならないのは、私と結婚して貧乏くじを引いたなと、かわいそうだなと思う」と話す南場は、本音を言えば病気であることすら明かしたくはなかった。これまでも家族のプライベートについては言及を避けている。プライバシーを考慮したうえで概略を説明すると、次のようになる。

「夫を支える妻」という立場に全力投球

この連休中に夫の病状が悪化し、5月10日に手術を受けた。手術は成功、快方に向かっており、6月中には退院できる見込みだ。だが、中長期的な治療が必要な状況で、どの程度の看病が必要となるか先は読めない。社長業は常に全力が求められる。夫の看病で社業を最優先にできないのは社員にも申し訳ないと思い、退任を決意した。

早稲田での特別授業を持ったこの日、「人生をかけて成し遂げたいことは何ですか?」と聞く学生に、南場はきっぱりとこう答えた。「旦那を救うことですね」

夫は南場社長がコンサルティング会社のマッキンゼーにいた時の同僚。彼もまた1990年代後半からネット業界の最前線で数社の役員を歴任し、辣腕を振るった。互いに別の道を歩んできたが、夫の病を機に、今度は妻という立場で全力投球することを決めた。これが社長交代の直接的な理由だ。だが、それには裏がある。

足下の業績は絶好調で、米社の買収を足がかりにグローバル市場での事業を本格展開しようとしていた矢先の出来事。「私の夢は、このDeNAという会社で世界のてっぺんに登りつめることです」。常々そう語っていただけに、道半ばでの挫折と考えてもおかしくはない。

ところが南場は、「まあ、退任が1年早まっただけで、会社にとっては大したことはないですよ」と、"挫折説"を一蹴する。「夫の病気とは関係なく、もともと世代交代の準備を進めてきていた」と言うのだ。

時計の針をDeNAが上場した2005年以前に巻き戻してみよう。06年2月にモバゲーを開始し、わずか9カ月で会員数200万人達成と国内ネット史上最速のスピードで成長させる前のことだ。

「南場カンパニー」か、「公器」か

「南場さん、上場してさらに会社が大きくなる前に確認したいことあります。DeNAは南場智子カンパニーなのか、南場さんとは関係なく成長していく『公器』なのか。価値観としては、どちらでもあると思うし、僕は南場さんがどちらを選んでも支えていきますよ。ただ、はっきりとしてほしい」

南場にこう突きつけたのは、DeNA設立の翌年の00年に住友銀行から転職して以来、ナンバー2として財務を担ってきた当時取締役だった春田真(現常務取締役兼CFO、42)だ。設立以来、短時間の睡眠で幾多のトラブルや金策に奔走してきた南場は、考えもしていなかった命題に、しばらく思いをめぐらせた。出した結論は、後者だった。

マザーズ上場を記念して東証で鐘を打つ南場社長(05年2月)

「ベンチャーの精神は保ちつつも、こじんまりとした経営とは一線を画したい。DeNAという会社は、創業者個人の人生の浮き沈みや能力とは別に、隆々と成長すべきだ」。南場は春田にこう伝え、以降も腹心の春田にだけは、社長交代のタイミングや、次の世代の経営体制をどう構築していくべきか、相談を繰り返してきたという。

米アップルのCEO、スティーブ・ジョブズ、ソフトバンク社長の孫正義、日本電産社長の永守重信……。創業社長というのは、辣腕であるほど会社と同一視されがちだ。だが、創業社長の存在が強みとして輝く一方、創業者個人の事情や浮沈に会社も引きずられる「創業者リスク」を抱え込むことにもなる。南場はその袋小路から脱却する決意を固め、準備を進めていた。

「2012年3月期を終えた後の株主総会後に社長を退き、次の世代へと経営をバトンタッチする」ことも春田にだけは伝えていた。意中の後継者は、最初から守安だった。

98年に東京大学大学院(工学系研究科航空宇宙工学)を修了した守安は、いったん大手IT企業の日本オラクルに入社するが、翌99年、DeNA創業の年にシステムエンジニアとして入社した。技術者でありながら携帯電話向けオークションサイト「モバオク」や、モバゲーなどの企画・運営も器用にこなす守安を、南場は重用した。モバゲー開始の06年には取締役に昇格、モバゲー事業の実質的なトップとして、大幅に権限を委譲してきた。

モバゲーは「大放置プレー」

そもそもモバゲー自体、守安ら現場からのボトムアップで始まった企画であり、南場は記者の取材の最中でも「守安に聞いて」と言うことが多くなっていった。モバゲーの会員数が700万人を超え、オークションサイトの運営から始まったDeNAの売り上げの過半を同事業が占めるようになった07年秋、モバゲー躍進の意義を問うと、南場はこう答えた。

「まず、本当に組織に自信が持てるようになった。やっぱり創業社長というのは、何でも自分でやりたがるし、やらなきゃいけないという部分がある。自分以上にできる人間がなかなか育たないから。ところが、モバゲーは『大放置プレー』なんですよ。私はまったく企画に関与してないのに、こんなに素晴らしいものに育った。あまり慢心はできないんですが、組織として一回り大きくなったというか、1ランクレベルが上がったなと、正直思いましたね」

そう話すと、おもむろに携帯電話を取りだし、「もしもし、モリちゃん、いま取材中なんだけど、モバゲーのこと説明してくれないかな」と守安を呼び出す。そして「ねえ、モリちゃんはモバゲーのポータル化はいつから意識したの?」と自ら取材を代行する場面もあった。南場にコンプレックスがあるとすれば、技術畑出身ではないということ。技術の細部はどうしても分からない。それを補う守安への信頼は厚かった。

昨年からは、守安に国内のマネジメントをほぼ任せる一方、南場はグローバル市場の開拓に腐心していた。足繁く米国西海岸のシリコンバレーなどに通い、得意の英語とコミュニケーション能力を生かしてトップ営業にまい進。その成果の1つが、10年11月に4億300万ドル(約325億円)で買収した米ngmocoの案件だ。このグローバル市場の開拓も、社長交代の大きな動機となっていった。

「(2012年に社長交代をして)バトンタッチをしても、ヒラ取でバリバリ働こうと思っていた。私はもともと海外戦略が好きで得意。社長じゃなくなったら東京にいる必要はないので、ずっとヨーロッパとシリコンバレーに置かせてもらおうと。そのためにシリコンバレーの人脈作りもきっちりとやってきたんですよ」

創業社長個人の事情や能力によらない永続的な組織作りと若返り、加えて自身のやりたいことに専念するという野心を両立させる計画が、もともと心のなかにあった。そう強調したうえで、南場社長は「社長交代のタイミングを選べなかったことが誤算」だと続ける。

誤算は1年社長交代が早まったこと

「夫の(病気の)ことがあって、計画が1年早まっちゃった。あと、もう1つの誤算はフルタイムの海外担当としてやろうと思っていたのが、しばらくは非常勤になってしまうこと。それは多少残念だけれど、迷いはないですね。会社の今後には、何の不安もない。経営者として南場智子がすごいぞ、ということがあるとすれば、私の個人の人生の浮き沈みに関係なく、隆々と成長する組織を作ったということ。それが誇りです」

残された社員・役員や株主らステークホルダーの不安を吹き飛ばすような、出来すぎとも言えるストーリー。「立つ鳥跡を濁さず」を絵で描いたような引き際の裏話だけに、ついうがって見てしまいそうになる。だが、これこそが南場の経営者としての真骨頂とも言える。

創業間もない頃、自転車通勤する南場社長(01年2月)

DeNAを創業してまもなくネット株バブルがはじけ、潮が引くようにITベンチャーへの資金が枯渇した。2001年1~2月、DeNAも資金ショートに悩まされ、会社が潰れるかどうかの瀬戸際に立たされた。この時のことを、かつて南場はこう振り返っていた。

「あの時、よく自殺しなかったですねと言われるくらい、状況としてはあまりに壊滅的だったんですね。10社、20社と資金集めに奔走して、前向きに検討すると言われつつ待たされ、結局は全部ダメで。だけど私は一瞬たりとも会社を畳もうと思ったことはないんですよ。客観的に見たら100%成功しないだろうなという状況なのに、絶対に何か道はあると。楽観的なんですよ。それだけは、それ私の特技というか、特殊な性格と言えますね」

トップを張るということは……

それから10年。早稲田大学の大教室で教壇に立った日、「トップを張るというのはどういうことなのか、心得を聞かせてください」。そんな学生からの質問に、南場はこう答えた。

「いい質問だね。私よく言うんだけどさ、例えば目の前に濁流があって、川の向こうに肥沃な土地がありますと。そこへ行くべきとか、渡り方はこうするべきとか助言するのが参謀やコンサルタント。一番最初に濁流に足を突っ込むのがトップ。そうするとね、水だと思ったら熱湯だったとか、下に剣山があったりとか、何でこんなことが起きるんだということが起きるんだよね」

「その時に、どういう背中を見せるかということなんだけど、ホントは社長であっても迷いやおびえでいっぱいなんだよね。だって同じ人間じゃないですか。社長も普通の人。でも、それを出さないで、びくともしないふりをしながら渡りきる。あたかも何事もないかのように、大丈夫だよっていう背中をいかに作れるか。ってことなんだと、私は思いますね」

その経営者としての心得を最後まで見事に体現して見せた南場。彼女の目はすでに次の闘いに向いている。

「SNSでもモバゲーは圧勝したけど、やっぱり同じように夫の病気にも圧勝したいと思っている。次のバトルはこの病気。完全にやっつける。こちらでも絶対に、圧勝してみせる。という気持ちでいます」

圧勝した暁には、また社長に復帰する可能性もあるのか、と問うと、南場はこう言い残してハイヤーに乗り込んだ。「それはないよ。私の権限で戻ることはないね。人事権は完全に後任に渡さないと。やっぱり、後は若いヤツにやらせたいしね。DeNAは50歳のおばさんがやっちゃいかんよ、うん。じゃあ、よろしくね!」

(敬称略)

(電子報道部 井上理)

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