東北新幹線、49日で復旧 「阪神より短期」支えた2つの進歩
阪神大震災(1995年)は81日、新潟県中越地震(2004年)は66日、そして今回の東日本大震災は49日――。4月29日に全線で運転再開した東北新幹線。過去の震災よりはるかに長い約500キロメートルの区間で被害を出しながら、より短期間で復旧を遂げる。その裏には、過去の震災から学んだ2つの対策の進歩があった。

「あれだけの地震だったのに被害も少なく、修復の段取りも良い」。震災から2週間が過ぎた3月28日、仙台市北部の岩切線路橋を訪れた土木学会のコンクリートや構造工学の専門家らによる合同調査団は、ほぼ元通りになった橋脚を見て感嘆した。震度6強の激しい揺れに襲われた地域だが、耐震補強を施した橋脚2本は外観上はほぼ無傷。残る未補強の橋脚もひび割れは起きたものの、この時点で補修工事は一段落していた。
東日本一帯で甚大な被害を出した今回の震災。新幹線の被害も広範囲にわたった。東日本旅客鉄道(JR東日本)によると、東北新幹線の大宮(さいたま市)―いわて沼宮内(岩手県岩手町)の約500キロメートルで電化柱、高架橋など1200カ所が損傷した。阪神大震災の京都―姫路(約130キロ)、中越地震の越後湯沢―燕三条(約90キロ)と比べても被災区間は格段に長い。

補強した場所の損傷「ほぼ皆無」
それにも関わらず復旧までの日数を約半分に短縮できたのはなぜか。第1の理由は、阪神大震災後に全国の新幹線などで順次進めてきた耐震対策を通じて、土木構造物の被害を一定レベルに抑えることができたことだ。
阪神大震災では、左右逆向きの力がかかり柱に斜めの大きなひびが入る「せん断破壊」によって高架橋が桁(けた)ごと落ちるなど、山陽新幹線に深刻な被害が出た。だが今回は「高架や橋などに大規模な修繕が必要な崩落は無かった」(JR東日本)。土木学会の調査団に参加した日本大学工学部(福島県郡山市)の岩城一郎教授(コンクリート構造物が専門)は「鉄筋コンクリートや鋼板を柱や橋脚に巻く補強は明確な効果があった」と指摘する。
阪神大震災直後の95年度からJR東日本は「緊急耐震補強対策」に着手。98年度までに南関東や仙台周辺、活断層に近い場所で「せん断破壊」が想定される約3100本の高架橋などの柱に対し、鋼板巻き付けをはじめとする補強工事を施した。03年の三陸南地震を機にそれ以外の地域にも対策を拡大。中越地震の被害を受け事業を急ぎ、07年度までに対策を終えた。JR東日本はこの間、耐震補強や踏切事故対策などを柱とする安全対策に毎年1000億円規模を投じている。

今回の地震はそれに続く09年度からの「第2次補強対策」を進めているさなかに起きた。未対策の箇所でコンクリートが欠け落ちる被害などが出たが、「これまで耐震補強した場所の損傷は、見たところほぼ皆無」(岩城教授)。緊急度が高いところから補強を進めた結果、損傷が出た場合でも、復旧に時間がかかる落橋などには至らなかったのだ。
立ち上がり早かった復旧工事
東北新幹線の運転再開を早めたもう一つのカギは、修復工事の技術やノウハウだ。
今回の復旧工事は立ち上がりが素早かった。JR東日本の発表資料では、本震で損傷を受けた全1200カ所のうち、1カ月もたたない4月7日までに約90カ所を残して復旧工事が完了。同日に起きた最大震度6強の強い余震で計640カ所で復旧が必要な状態に陥ったものの、その後10日でうち85%まで修復工事を終えている。土木学会の調査団が仙台市の高架橋を訪れた時には、現場はすでにコンクリートを流し込み、型枠を取り外した段階だったという。

ここで生きたのも過去の震災での経験だ。阪神大震災当時は、新幹線の復旧経験が少なかった。作業に取りかかろうにも、被災箇所それぞれをどの程度、どうやって直すのかという問題から手探りだったという。
それから16年。震災で蓄積された知識や土木技術の進歩が生かされた。ジャッキで桁を損傷前の高さに持ち上げ、早く硬くなるコンクリートなどで柱を補修する工法の導入などに加え、岩城教授は「使用する材料や人の調達も柔軟かつ適切に判断されていたようだ」と評価する。現場で手に入る適切な材料はセメント系かポリマー系かなどを見極めたり、3月31日時点で1日あたり約3000人が従事したという作業者を投入したり――。限られた条件の中、短期間で様々な判断を下し、実行していった。
ほかの鉄道事業者も側面支援した。阪神大震災を経験しているJR西日本やJR東海は震災後2週間で軽油4万6800リットルを提供し、3月28日からはこの2社の子会社・関連会社が作業員を合計約150人派遣。京浜急行電鉄や西日本鉄道など私鉄も作業車両を送り込んだ。



乗客の避難など今後の課題も
「阪神より前に今回の震災が起きていたら、復旧方法の検討だけでも相当時間がかかっただろう」(岩城教授)。JRグループでは「阪神に限らず連絡会を随時実施して経験を共有することにしている」(JR東日本)という。中越地震の脱線事故などを受け、列車の運行に関する地震対策も改良が重ねられており、今回の昼間に起きた巨大地震でも高速運転中の新幹線が犠牲者を出すことはなかった。

もちろん課題も残る。軽減されたとはいえ、広範囲に被害が出た。耐震補強していない構造物に被害が出ていることや、1200カ所の被害のうち約540カ所を電化柱が占めていることは今後検討すべき問題だろう。乗客の迅速な避難など構造物以外の対策も重要だ。
29日の東北新幹線の全線再開で、青森から鹿児島までが新幹線で初めて結ばれた。新幹線は09年度で年3億人弱、東北だけでも7700万人が利用する日本の大動脈だ。阪神の時と同じように、今回の経験を鉄道技術や地震対策の向上につなげられるか。日本各地を結ぶ新幹線の安全への挑戦はつきない。
(電子報道部 宮坂正太郎)