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ジョブズ氏、田中角栄に学ぶプレゼン術

人を動かし、歴史を動かした名演説。そこには多くの人の心をつかむためのノウハウがちりばめられている。それらはビジネスでも顧客へのプレゼンテーションや部下へのスピーチの手本になるはず。古今東西の事例を研究しプレゼン指導に生かしている経営コンサルタント会社、シナプス(東京・中央)の家弓正彦社長の話を基に相手を動かす演説術をまとめた。

キング牧師、キーワード繰り返す

「私には夢がある」。1963年、米国ワシントン。公民権運動の指導者、マーティン・ルーサー・キング牧師が声を張り上げると、20万人を超える聴衆の拍手に包まれた。米国に根強く残る人種差別を糾弾し、終止符を打つことを呼びかけた歴史的な名演説だ。

演説は約16分間。「この間、ほとんど原稿を見ていないのがすごい」と家弓さんは話す。顔は常に聴衆を向き、話し手の熱意がそのまま聴衆に伝わっている。

重要なスピーチほど完ぺきな原稿を用意して登壇しがちだが、これは家弓さんに言わせれば禁じ手。「原稿通りに話そうと思い、つい顔が下に向く」。それでは聴衆に向かうエネルギーがそがれ、自分の言葉で語っていない印象も与える。

「話したいポイントを個条書きにしたメモを持つぐらいがちょうどよい」と家弓さんは助言する。スクリーンを使ってプレゼンする場合も、7割の時間は目線を聴き手に向けるべきだという。

キング牧師は有名な「私には夢がある」という言葉を演説の中で9回繰り返した。繰り返しは聴き手に内容を記憶してもらうのに効果的。話し方にリズムがあればなおよい。キング牧師は抑揚をきかせ、リズムよく繰り返している。

この演説のちょうど100年前。当時のリンカーン米大統領が南北戦争の激戦地、ゲティズバーグで行った演説も有名だ。演説を締めくくる言葉が「人民の人民による人民のための政治」。この名句も繰り返しとリズムという演説技術の結果として生まれたものだ。

田中元首相、場所に応じて自在

多くの名演説家を輩出してきた米国。対抗する「日本代表」はだれか。家弓さんが挙げるのは田中角栄元首相だ。「話す場所によって、話し方が全く変わるのがすごい」と称賛する。

国会で「日本列島改造論」などの政策を語る時は一国を率いる指導者そのもの。厳しい表情をし、力強く「上」からの視点で話している。

ところが、一般の人を前にすると一変する。「首脳会談は英語でなんかやりませんよ。わしゃ日本語でやるさ」。選挙演説で演台から落ちそうになると「今から落ちちゃどうしようもねえ」。内容も口調も聴衆との一体感を徹底的に意識している。

ビジネスのプレゼンも「時と場所を考えなければならないのは同じ」と家弓さん。たとえば、企業の経営企画の担当者に話すのと、製造や営業の現場担当者に話すのとではプレゼンの進め方や口調を変える必要がある。

サービス精神の豊かさも田中元首相の特徴だ。「このネクタイはロッキードからもらったんじゃありませんよ」「私なんか服着ておってもハチに刺されるもの」。刑事被告人となったロッキード事件も笑いのネタにする。その是非は別として、聴衆を楽しませようとする心意気は伝わる。

プレゼンは一般にゆっくり話すべきだと言われる。だが、家弓さんは「角栄さんのような早口も悪くない」と指摘する。滑舌さえよければ、早口は話し手の熱意やエネルギーが伝わるメリットがあるという。

話す速さよりも問題なのは「え~」「その~」のような口癖が何度も出ること。家弓さんが悪い例として挙げるのが、大平正芳元首相。教養豊かで演説の内容も格調が高いとの評価もあるが、「あ~」「う~」の口癖があまりに頻繁に出るため「聴衆の記憶には口癖の部分しか残らない」

家弓さんもかつて「え~」という口癖があり、意識してなくした。口癖は本人が気づいていないことも多く、「同僚などに尋ねてみるとよい」と勧める。

現在のビジネス界での「演説」の名手の1人は米アップルのスティーブ・ジョブズ最高経営責任者(CEO)だろう。

家弓さんがジョブズ氏の最も優れたプレゼンとして挙げるのは、2007年の高機能携帯電話「iPhone(アイフォーン)」の発表。まずアップルがパソコンのマック、携帯プレーヤー「iPod」などを生み出してきたことに触れ、新製品への期待を盛り上げる。それから「革命的な新製品を3つ発表する」と説明。それは新しいiPod、携帯電話、インターネット機器だと語る。

クライマックスはそれがiPhoneという「1つの機器だ」と明かすときだ。3つの新製品が、実は1つの製品という意外な展開で聴衆を引き込む。

その先も面白い。iPhoneとして最初に見せたのが、iPodにアナログ電話のダイヤルを付けた不格好な製品の写真。会場が「そんなはずはない」と爆笑に包まれた後に本物のiPhoneを披露。洗練されたデザインを印象づける。

こうしたプレゼンについて、家弓さんは「ジョブズ氏でさえも練習を重ねている」と強調。重要なプレゼンの前にはリハーサルを怠らないようにと訴える。(桑原健)

(日経産業新聞9月22日付)

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