2019年8月20日(火)

ジミヘンがヘンデル好きだったわけ ロンドンの不思議な隣人関係

2010/7/27付
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日本でも「ジミヘン」の愛称で知られる米国の天才ギタリスト、ジミ(ジェームズ・マーシャル)・ヘンドリックス(1942~70年)がロンドン市内のホテルで謎の死を遂げてから、今年で40年になる。現地では命日の9月18日をはさみ、「英国のヘンドリックス(Hendrix in Britain )」という回顧展が8月25日から11月7日までの日程で開かれる。

ロンドンのブルック・ストリート23番地にある自室でくつろぐジミヘン(ヘンデル・ハウス博物館提供)

ロンドンのブルック・ストリート23番地にある自室でくつろぐジミヘン(ヘンデル・ハウス博物館提供)

会場と主催者の名を知り、驚いた。日本人旅行客が買い物に繰り出すボンド・ストリートのオックスフォード・ストリート寄りにある横道、ブルック・ストリート25番地にある「ヘンデル・ハウス博物館」が会場であり、主催者なのだ。ヘンデルとはJ・S・バッハと同年(1685年)にドイツで生まれ、後半生を英国で過ごしたバロック音楽の大作曲家、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(帰化後はジョージ・フレデリック・ハンデル)のこと。ヘンデルは1759年に亡くなるまでの36年間をブルック・ストリート25番地の自宅兼仕事場で過ごし、「ハレルヤ」の合唱で知られるオラトリオ「メサイア」などの傑作を生み出す一方、現在まだ貸店舗が営業中の地上階に窓口を設け、自らオペラの切符を売った。

ジミヘンの「3人が同時に演奏している」ほどの才能は1966年、マネジャーでアニマルズのベーシストだったチャス・チャンドラーによって発掘され、9月に英国へ渡る。ファーストネームを「ジミ」と刈り込み、新しく編成したバンド「ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス」が同年末に発売したシングル盤、「ヘイ・ジョー/ストーン・フリー」はすぐさま英国チャートの上位に躍り出た。67年3月には今や歴史的名曲とされる「パープル・ヘイズ(紫の煙)」も大ヒット。ジミヘンの圧倒的な演奏技巧、過激な奏法、奇抜なファッションのすべてが1960年代末の時代精神とともに呼吸し、世界を制覇していく。

全米ツアーも成功させ、初アルバム「エレクトリック・レディランド」をリリースした68年、ジミヘンは英国人ガールフレンド、キャシー・エッチンガムとともにブルック・ストリート23番地の建物の最上階に引っ越してきた。欧米の番地は道の左右交互に奇数、偶数と打つので、23番地は25番地の隣。209年の時を隔て「ヘンデル」と「ヘンドリックス」は隣人関係を結んだ。ヘンデル・ハウスのサラ・バードウェル館長によれば「ヘンドリックスは入居後にヘンデルとの奇縁を知り、近くのレコード店に出かけるたびヘンデルの作品を買い求めるようになった」という。長く他の目的に使われていたヘンデル・ハウスが博物館として再建されたのは2001年。今は23番地の壁に「ヘンドリックス旧居」、25番地の壁に「ヘンデル旧居」の青い銘板が仲よく並ぶ。ちなみにジミヘンが払った家賃は1週間に30ポンド、ヘンデルは1年に60ポンドだった。ジミヘンの居室は現在、ヘンデル・ハウス博物館の事務所となっているが、回顧展中は時間を区切り、一般に公開する。

(編集委員 池田卓夫)

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