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金融危機と若手医師の夢

長期分散投資の真実(3)

編集委員 田村正之

投資でお金儲けを目指すことに対し、あまり尊敬されないような雰囲気がまだ日本社会に残っている。それはとてももったいないことのように思える。

十分なお金があれば、自分の望む生き方に近づいていきやすい。投資はそのための手段の一つになり得るのではないだろうか。

「リーマン・ショック直前からの投資でしたが、いまのところ10%くらいのプラスになっています」。東京都内で産婦人科医として働くHさん(35)から、そんなメールが来たのは3月末のこと。彼が目指す「医療人としての自由」のために、投資が支えになり始めていることが、嬉しく感じられた。

彼は僕よりはるかに年下だが、もう10数年来の友人だ。大学卒業後、しばらく別の仕事をした後に医師を志し、26歳で医学部に入り直した経歴を持つ。

彼には医療人としての夢がある。「患者と医師の情報格差」が日本の医療の問題の一つと考えていて、海外の最新の医療データを分かりやすく書き直してネットで一般の患者が見られるようにする会社を作ることだ。

さらに「国境なき医師団」参加への関心もあるが、家族もいるので経済的なことも考えなければならない。でも勤務医は激務の割に報酬はそれほど高くない。自分が目指す医療人になるための経済的な余裕をつくるために、2005年ごろに投資をスタートさせた。

しかし、彼は仕事で忙しく、きちんと投資を勉強する余裕はなかった。やみくもに始めたのが国内の新興企業株と為替証拠金取引(FX)だった。一時は資金が4倍ほどに増えたが、07年から08年初めまでの相場の混乱でほとんどゼロになり、投資は彼の目指す医療人への道のりをかえって遠ざける結果になってしまっていた。

そうした話を聞き、08年の夏ごろにHさんにアドバイスしたのが、国内外の株式や債券など様々な投資対象への分散と、月々一定額ずつを積み立てるドルコスト平均法の手法。

分散投資のやり方としては、海外株や海外債券など特定の資産を対象にしたインデックス(指数連動)型投資信託を個別に買って組み合わせるやり方もあるが、Hさんの場合は忙しいので、インターネット証券で売っている低コストのバランス型投資信託の自動積み立てを勧めた(分散投資に適した具体的な投信についてはこのシリーズの何回か後にまとめて紹介する予定)。

その直後、08年9月15日に「リーマン・ショック」が起こる。一時はかなり不安を感じたこともあるようだが、Hさんは自動積み立てをそのまま続けていた。仕事が忙しく、別の手法を考える暇がなかったというのが実際のようでもある。

その結果が、現時点での投資利回りのプラスだ。例えば日本株(配当込み)は3月末時点で、リーマン・ショック前の08年8月末に比べてまだ2割弱低い水準。それでもHさんの資産がプラスに転じているのは、投資対象を国内外の株や債券に分散したうえ、ドルコスト平均法で価格が低かった時期にも毎月買い続けていた結果、保有コストが低くなっているからだ。このシリーズの2回目「オンリー・イエスタディ」で見た、米大恐慌時と同じ分散効果が今回の金融危機でも発揮されていたことになる。

実はこれはHさんだけでなく、投資対象と投資時期を分散して買い続けていた多くの個人投資家に共通した現象だ。グラフAの下段の棒グラフで分かるように、4資産を均等に毎月買い続けていた場合を試算してみると、累計の投資額に対する累計損益は既に09年の半ばごろにプラスに転じている。実際、このころのインターネットの投資サイトなどでは、同じような手法を取っていた様々な投資家からの「損益がプラス転換!」という書き込むことが目立つようになってきていた。

このように「投資対象と投資時期の分散」は今回の金融危機でもそれなりの効果を上げてきた。それにもかかわらず「経済のグローバル化の進展で分散効果は消えた」という少し大雑把な議論も多く見られた。振り返って検証してみたい。

分散効果が消えたと言われた理由は、国内株式と外国株式の急落に加え、円高で外国債券も一時は一緒に値を下げたこと。「どの資産を持っていても下落したのだから分散していても同じだった」というわけだ。

しかし、詳細に見ると、例えば外国株式だけを持っていればリーマン後に資産は半減したのに対し、例えば日本株、日本債券、外国株、外国債券の4資産に均等投資していれば、最大下落幅は3割弱ですんでいる。投資対象の分散が下落率を小さくするという分散効果は、今回の金融危機時にもそれなりには働いていたわけだ。老後資金で新興国株に大きな割合で投資していて、あまりの急落に動揺して安値圏で売却してしまった人も多いが、今後の人生設計が変わってしまったのではないだろうか。

そもそも危機時や相場の過熱時などに、様々な資産がある程度同じ方向に動くのはよく起きること。様々なリスク資産を売って現金化したり、逆にリスク資産に資金が集中する動きが出るからだ。

グラフBでは日本株に対する外国株と外国債券の値動きの相関係数(どれくらい同じ動きをするかを表す係数)の歴史的な推移を計算してみた。ちなみに相関係数はプラス1からマイナス1の間で表わされ、プラス1に近いほど同じ動きをし、ゼロに近いほど無関係になる。マイナス1に近いほど逆の動きをすることを示す。

外国株、外国債券ともに08年を中心に危機時には一時0.9前後にまでかなり高くなっていて、今回の危機の深さを物語る。しかし、過去にも相関係数は今回ほどではなくても、何度も急な上昇を示したことがある。そして市場が落ち着いてくると低下していくことを繰り返している。

過去より値動きの連動性が強まっている傾向が見えることは事実だが、今回の金融危機後も、最近は相関係数は低下し始めている。「分散効果は消えた」というのは言い過ぎであり、もっと長い目で見るべきだろう。

グラフAの縦棒を見ると、ほかにも疑問が浮かぶかもしれない。例えば日本株だけでドルコスト平均法を続けた場合でも、09年の夏ごろには損益がプラスに転じている。これを見て「投資対象の分散は必ずしも必要なかったのでは?」と思う人もいるだろう。

しかし、これは今回の危機ではたまたま日本株も比較的早期に上昇に転じたためにそうなったに過ぎず、いわば結果論だ。グラフCとグラフDで分かるように、各資産の値動きは危機ごとに異なっていて、アジア通貨危機後やIT(情報技術)バブル崩壊後などは、日本株の戻りは他の資産に比べて大幅に遅かった。つまりドルコスト平均法を続けても回復が遅かったということだ。

一方、分散しておけば各資産の平均的な回復ペースとなり、一つの資産に集中投資することに比べて早期回復の確実性が高いことは覚えておこう。

こうした投資対象と投資時期の分散は、もちろんそれが唯一の投資手法と言うわけではない。個別株やFXに集中投資し、継続的に利益をあげられるような人も中にはいるのかもしれない。さらに分散投資は、短期間に資産を何倍かにしたい人にも適さない。しかし、Hさんのように本業が忙しく、将来の夢に向かってリスクを小さくしながら資産を積み上げたい人には比較的向いた投資法であるのは事実だ。

ただ今回紹介した金融危機時の動きだけではそうは言い切れないという見方もあるだろう。そこで次回はさらに長期、過去数十年にわたって長期分散投資がどのような結果をもたらしてきたのかを眺めてみる。

ここで再び冒頭のHさんの話に戻る。昨年、住宅を購入したためローンもあるが、それでもかなりの金額を毎月積み立て続けているようだ。

かつてHさんから「激務で倒れそうになっている仲間の勤務医たちに対して、運用でお金をつくって、目指す医療人の在り方に近づく方法もあるということを示したい」という言葉を聞いたことがある。彼が将来「目指す医療を実現するための経済的自由」を得られればいいと思う。

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