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「オンリー・イエスタディ」、米大恐慌の時代

長期分散投資の真実(2)

編集委員 田村正之

「誰もが、土地で金もうけをしていた。地価は信じられないほどに高騰していた」

大恐慌の際、米国会議事堂までデモ行進した失業者たち=1932年1月、ワシントン(AP)

F・L・アレンの「オンリー・イエスタディ」(藤久ミネ訳、筑摩書房)は、第1次世界大戦を経て空前の好景気に沸いていた1920年代の米国を活写した名著だ。

発刊は1931年。しかしそこには今回の金融危機前の好況、そして1990年の日本のバブル崩壊前とどこか似た情景が、あちこちに描かれている。「ほんの昨日のこと」という少し感傷的なタイトルが、揺らぎのようなデジャブ(既視感)を僕らにもたらす。

その一つは、冒頭の一文でもわかるように、当時の大恐慌も住宅ブームの崩壊が重要な意味を持っていたこと。米サブプライムローン(信用力の低い低所得者向け住宅融資)に端を発した今回の金融危機と同じように。

米国を覆い尽くした「大消費社会」の様子も詳細に語られている。女性はミニスカートをはき、髪を短くした。電気洗濯機や掃除機が普及し、キャデラックやシボレーが街にあふれる。「経済見通しの明るかった1928年と29年当時に、月賦払い方式と株のもうけが、一時的にアメリカ人の購買力を増大させたとき、無数の企業が景気良く過大に拡張を行った」

株価はやがて不気味な下落と緩慢な回復を見せるようになるが、1929年前半までは一定の高みにあり、経済の専門家は「実体経済に問題はない」という発言を繰り返していた。

しかしやがて事態は暗転する。1929年の10月24日。暗黒の木曜日の到来だ。

「大強気相場は死んだ。どこの都会にも、人目に立つ裕福な暮らしから、突如として負債に苦しむ生活に落ち込んだ家庭があった」

今回の金融危機は一時、米国の大恐慌にも匹敵するほどの規模とも言われた。「ほんの昨日のようなこと」が繰り返されてしまった今、当時の資産市場の動きから何が学べるかを眺めてみるのも大切なことだろう。当時の株価指数が回復するのは約25年かかったことが知られるが、投資家の立場から見て、なすすべはなかったのだろうか。

グラフAからCまでは、膨大なデータの蓄積を持つ調査会社、イボットソン・アソシエイツ・ジャパンにお願いして調べてもらったものだ。詳細に見ると、当時の資産価格の動きは、運用のセオリーのほとんどがわかるような様々な示唆に富んでいる。

結論から言えば、株と債券に分散し、買う時期も分散していけば、あれほどの事態の中でさえ、投資収益は株価のピークから3年9カ月でプラスに転じていた。順番に見ていこう。

まずグラフA。米国を代表する株価指数であるS&P500種株価指数(複製指数)の「配当無し」指数のピークは1929年の8月。10月の大暴落を経て、最大で9割弱も下落し、再びピークを超えたのはなんと1954年。確かに25年かかっている。

僕らは過去の株価データをみるとき、このように配当抜きの指数だけで物事を考えがちだ。しかし株に投資すると多くの場合は配当ももらえる。実質リターンは「配当込み」で考えるべきだろう。

グラフAで「配当込み」の指数をみると、事実上のピークの回復は1945年の1月。15年と5カ月だ。一般に言われている「25年」よりも10年も早く回復していて、その後も「配当なし」に比べてどんどん回復ピッチが速くなっていく。

長期保有していると配当が積み重なって元手が大きくなっていくので、それを再投資していれば、株価が上昇に転じたときには途中から掛け算のように加速度的に収益が回復していくことがよく見られる。配当利回りの大きな銘柄を選び、配当を再投資することの重要性がここからもわかる(分配のない投信を持ち続けても同じ効果がある)。

次に株と債券に分散して投資していればどうだったろう。株と債券は異なる値動きをするので、組み合わせて投資すると株が急落するようなときでも下落率を小さくできることが知られている。

グラフBの「株式と債券の分散ポートフォリオ」という線は、株(配当込み)と債券に50%ずつ投資した場合を示している。ピークからの最大下落率は株だけの場合よりも小幅にとどまり、約6年2カ月で投資元本を回復できている。

同じようなことは、アジア危機やITバブル崩壊のときなど様々な株価下落局面でみられた。僕たちが過去の暴落局面から学ぶべきなのは、まずは株と債券のように異なる値動きの資産を組み合わせて投資をすることの重要性ではないだろうか。

株が運用における成長のエンジンだとしたら、債券はその回転数を制御し、暴走が起きないようになだめる役割だ。もちろん比率は一対一である必要はなく、若くてリスクが取れる人は株の比率が大きめで構わない。

しかし株だけの投資だと経済の大変動が起きたときにひどい痛手を受けてしまうのは、米大恐慌でも、そして今回の金融危機でも、多くの人が実感したことだ(ただし今回の金融危機では、一時外国債券も含めた様々な資産が同時に下落した局面もあったので「もう分散効果は効かなくなった」との指摘も非常に多く聞かれた。実際はこれはかなりおおざっぱな指摘で、データを厳密に検証するとそうではなかったことを、次回のこの欄で詳細にみていく)。

最後の仕上げが、時間を分散して定期的に一定額ずつ買い続けていくこと、つまり「ドルコスト平均法」の効果だ。

ドルコスト平均法というのは、多くの方が耳にしたことがあるだろう。下がった場面でも機械的に買い続けていくことになるので平均買いコストを下げやすく、その後上昇したときの利益が大きくなる。機械的に等量ずつ買うのに比べても、一定額ずつ買い続けるので価格が高い時には少ししか買わないことになる一方、価格の安いときにはたくさん買えるので平均購入単価をより低くしやすい。

グラフCは株式と債券に分散投資した指数を、1929年8月の株価のピークの時期から、ドルコスト平均法で一定額ずつ買っていった場合の平均購入単価と損益の動きを示している。

ドルコスト平均法により下落過程にも株や債券を買い増していたことで平均購入単価が下落していったため、指数が底打ちした後、ごく早い時期の1933年の5月、つまりピークからわずか3年9カ月で、投資収益はプラスに転じている。

その後も利益は膨らみ続け、分散投資の指数がピークを回復した時期には、すでに累計投資額に対して3割以上の利益になっていた(ちなみにドルコスト平均法がいつも最適なわけではなく、有利かどうかは資産価格の動きによる。下落を繰り返しながら長期的に上昇していくことが多い株価指数などでは比較的成功しやすいということだ)

米大恐慌では株の暴落が生産の急減を引き起こし、一時は4人に1人が失業した。経済の大災害と言ってもよい状況だ。そんな中でも投資対象を分散し、ドルコスト平均法で投資時期も分散して着実に投資していれば、比較的早い時期に利益を回復させることができたことがここからわかる。

次回は今回の金融危機で、こうした投資対象と投資時期の分散がどのような効果を上げたかを、1987年のブラックマンデーなど過去の危機時の話も交えながら検証していくことにする。

「オンリー・イエスタディ」を最初に読んだのはもう10数年前のこと。そして金融危機が深化した2008年の冬ごろ、僕は再び読み返した。当時、世界は1930年代のような崩落の過程に再び進んでいくのではないかという議論が、かなりの危機感の中で繰り返されていた。

大恐慌時に比べると、今回の金融危機は(1)経済政策の進化(2)各国の協調体制の存在――などの点で大きく違っている。このことは、1930年代が再来しないことに対する希望のように思えたが、それでも足元が沈みこんでいくような気味の悪さを拭いきれなかった。そんなとき、『オンリー・イエスタディ』の最後の少しあいまいな、しかし明るさを感じさせる言葉に勇気づけられたのを覚えている。

「1つだけ確信をもって言えることがある。繰り返しはないだろう、ということだ。時の流れは、しばしば同一の進路をとることがある。しかし、それはつねにみずから新しい道程にむかって歩んでいくのである」

世界が数限りないバブルとその崩壊を経験してきたことを考えると、「繰り返しはない」という言葉はやや楽観的に過ぎるかもしれない。でも「どうなるか」は運命的に決まっていることではなくて、「みずから新しい道程」を自分たちが選んでいけるかどうか、たぶん選択の問題であるような気がする。

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