パナ電工、残業70万時間削減
~「コスト」まだ削れる(1)~
個人単位で生産性を管理
パナソニック電工は1万人を超す社員の業務時間を3年で150時間ずつ減らす「シゴトダイエット」活動を推進中だ。日常業務から不要な動きを取り除き、独自の手法で一人ひとりの生産性改善を促した。最初の約1年半で残業は全社で約70万時間減った。厳しい経営環境の下、コスト削減に頭を悩ます経営者は少なくないが、急場しのぎのコストカットは効果が長持ちせず、成長戦略にもマイナスに働く。職場に活力をもたらす攻めのムダ取りとは。ヒントの詰まった「すごい現場」を4回にわたり紹介する。

パナソニック電工は2008年度から3カ年計画で、全社で「シゴトダイエット」活動に取り組んでいる。1人当たりの年間業務時間を毎年50時間ずつ減らし、3年間で合計150時間の削減に挑む。浮いた150時間のうち半分の75時間は新しい仕事に充て、残りの半分は自己啓発や家族との団らんなどプライベートに充てる計画だ。
2009年9月末時点では、活動が本格的に始まった2008年6月と比べて1人当たり16カ月で約102時間(月間平均6.4時間)分の無駄な業務時間を削減した。全社員の合計値は約139万時間(月間平均8万7000時間)。その半分の70万時間がプライベートに充てられ、残業代などを勘案すれば、10億円以上の労務費を削減したとみられる。
シゴトダイエットはコスト削減ではなく、業務生産性と自己啓発の余力を高めることを主目的にしている。だが、残業代などの労務費を抑制したい企業にも役立つ工夫が多数盛り込まれている。
"シゴトメタボ"の連鎖を断ち切る
同社がシゴトダイエット活動を始めたきっかけは、経営陣が1978年と2007年の売上高や経常利益、従業員数を比較してみたことにある。売上高が4.4倍の1兆7000億円、経常利益は3.1倍の834億円まで拡大していたにもかかわらず、従業員1人当たり売上高は0.9倍、同経常利益は0.6倍に縮小していた。「IT(情報技術)投資などをして生産性を高めてきたはずなのにおかしい。ムダな仕事が増えているに違いない」と考えたのだ。
実際、社内を見渡すと、仕事が忙しいために、上司や同僚とのコミュニケーションが不足し、仕事の生産性が低下している社員の姿が目についた。「"シゴトメタボ"(仕事にぜい肉がつく状態)の連鎖が進んでいた」とシゴトダイエットプロジェクトの岩瀬健弘プロジェクトリーダーは語る。

2008年4月に常務取締役(現・専務取締役)の村上通男人事部長をプロジェクトマネジャーとして誕生したシゴトダイエットプロジェクトは、岩瀬リーダーなど専任者4人と兼任者13人で構成される。
このプロジェクトチームの役割は、社内に約800ある全部署からシゴトダイエット活動の具体的なテーマと対応策を募集し、その内容を分類してテーマごとに有効な施策を提示することだ。イントラネットのテーマ提案入力画面には、予想効果を「人×時間」で書き込む欄に加え、対応策を実行した後の成果を書く欄もある。活動の振り返りを徹底させ、さらなる改善を促したいからだ。
プロジェクトチームは2009年9月末までに6195個のテーマを集めた。2008年度上期時点では「会議のムダを無くしたい」というテーマが最も多く提出されていたため、その期待に応えるべく、最初の全部署共通テーマを「会議ダイエット」と定めた。プロジェクトチームは全社に「その会議は必要ですか」「開催時間は適正ですか」「参加人数は適正ですか」と呼びかけた。
例えば製造機器本部でメンバーが参加する各会議の所要時間と人数を調べると、部署の労働時間の10%を会議が占めていると分かった。そこで毎月最も時間も人数もかけていた「製造会議」のダイエットを実行。議事の絞り込み、進行の標準化、参加人数の見直しによって月間37人時のムダを無くした。つまり、仮に会議の参加人数が10人だとすると、1人あたり月間3.7時間分の業務時間を削減できた。
2008年度下期の共通テーマは「資料ダイエット」、2009年度上期は「移動ダイエット」、2009年度下期は「メールダイエット」とした。半年ごとに1つの共通テーマを提示するのは、職場によっては新しいテーマ案が枯渇しかねないからだ。部署間に競争意識が働くことも狙っている。
2008年度下期の資料ダイエットは、資料を作成・保管・活用・廃棄するムダを無くそうという活動だ。資料を「電子資料」と「紙資料」に大別し、電子資料であれば「書式やフォーマットの見直し」「ファイル名ルールの策定」「個人パソコンと共有サーバーの役割を整理」「電子資料の原本管理をルール化」「廃棄ルールの策定」などを指示した。これをきっかけに、電材マーケティング本部が月1回の職場整理整頓日を設けるようになった。
2009年度上期の移動ダイエットは、移動が伴う仕事を洗い出し、移動時間を短縮したり、移動先での時間の使い方を効率化したり、移動そのものをやめたりする活動である。移動時間の短縮には、レイアウト変更による職場内移動の効率化、直行直帰推進の工夫などが含まれる。移動先での時間の使い方については、出張者用の共有デスクを設けることに特に力を入れた。移動しないという観点では、テレビ会議やウェブ会議の活用を積極的に推進した。
パソコンスキルを底上げし、メールを効率化
シゴトダイエット活動を進めるうちに、パソコンやメールの利用マナーや活用スキルのばらつきが、全社の業務効率を大幅に低減させていることも分かった。この問題を解消しなければ、シゴトダイエット活動も十分な成果を発揮できない。
そこで2008年10月ころから、シゴトダイエット用のイントラネットサイトに「パソコンスキル向上計画」という情報を掲載し始めた。グループウエアや社内ポータル、経費精算ツールの使い方、表計算ソフトやプレゼンテーションソフトの裏技、パソコンそのものの効率的な使い方などを提示している。「今さら周囲に聞きづらい基本的なノウハウなどを掲載した」と岩瀬リーダーは語る。
一方、2009年度下期の共通テーマであるメールについては、従来は若い社員も中堅もベテランも自分なりのマナーで利用してきた。
例えば社内メールなら本文にあて名を書かなくてもいいかどうかに1つの「正解」は無い。CcとBccの違いを知らない人もいる。メールを開いてもらえる件名の書き方、メールを転送する際の注意点など、ちょっとしたコツも多い。マナーが不明瞭なせいでメールの作成に手間取っていると、わずか数通のやり取りで1時間をムダに過ごす可能性すらある。
「パナソニック電工ならではのメールの利用マナーを考える良いきっかけにしたい」と岩瀬プロジェクトリーダーは意気込んでいる。
(日経情報ストラテジー 杉山泰一)
[日経情報ストラテジー編、『成果を上げるムダ取り事例50』(2010年3月発行)を基に再構成]