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「静かな投資家たち」の台頭

長期分散投資の真実(1)

編集委員 田村正之

東京・蒲田の梅屋敷商店街で年に数回、「インデックス投資家」と呼ばれる人たち十数人との飲み会が催される。なぜ梅屋敷かというと、主要メンバーの一人がここに住んでいるという単純な理由に加え、八百屋や魚屋、雑貨屋などが今も点在、昭和初期を連想させ郷愁を誘うこの商店街を、参加者の多くが気に入っているからだ。

インデックス投資家というのは、日経平均株価など様々な指数に連動する低コストのインデックス投信を使い、国内外の株や債券に積み立てで分散投資している人たちだ。みんな30~40代のサラリーマンで金融の専門家ではないのだが、独自にかなり勉強していて投資理論や金融商品にも詳しい。それぞれが自らのブログで投資に対する考え方などを発信している。

この飲み会には金融や投資の専門家である岡本和久さん、山崎元さん、内藤忍さん、竹川美奈子さん、カン・チュンドさんなどもよく顔を出す。メールのやり取りや共通の知人などを介して、個人や専門家それぞれが知り合いになってきた結果だ。

基本的には単なる飲み会なのだが、酔うと当然ながら投資の議論が盛り上がる。「外国債券は為替下落で金利メリットが打ち消されがち。それでもポートフォリオに入れる意味は?」「金融危機後、各資産の連動性は再び薄れた。やはり分散の効果は生きている」など、突っ込んだやり取りが、個人同士や、あるいは専門家との間で続く。

聞いていてレベルの高さに驚く。僕も曲がりなりには金融のジャーナリストなのだが、どうも自分より知識が深いと思う個人投資家も多く、ときには少しへこむ。

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ところで彼らは、どうしてこのような投資スタイルに行きついたのか。この日の参加者の一人、製薬会社勤務のybさん(37、以下投資家の名前はすべてハンドルネーム)から以前に話を聞いたことがある。

「昔は個別株や、高コストの投信などをやみくもに買っていたんですが、あたったりはずれたりの繰り返しで儲かりませんでした。そこで勉強すると、資産配分をきっちり考えたうえで、低コスト商品で長期投資することの大事さがわかったんです」。このように、個別株やアクティブ(積極運用型)投信で投資を開始し、途中から疑問を感じてインデックス投資に転換したという声はとてもよく聞く。

ybさんは5年ほど前から、インデックス投信を使って国内外の株式と債券に幅広く分散投資している。毎月ほぼ一定額の自動積み立てだ。金融危機のさなか、一時投資額に対し32%ほどの含み損になったが、「過去のデータをみると、長期分散投資ならいずれ上向いてきた。むしろ下げた局面で買い続けられるのは長期的にはいいこと」と気にしなかったという。

他のインデックス投資家の多くも、ybさんのように危機のさなかで冷静な人が多かった。それぞれが勉強して、グラフAのような過去のデータを頭に入れているからだ。

1989年末のバブル崩壊直前に投資を始めたとすると、日本株(配当込み)だけの投資では資産は約4割に減少。金融危機時には55%も下がっている。一方で日本株、日本債券、外国株、外国債券の4資産に投資していれば、資産はバブル崩壊後に約8割上昇しているし、株と債券が異なる値動きをするため金融危機時の下落率も37%にとどまっている。

「長期分散投資の意味は、要するに世界的な経済の成長の流れに乗るということ。ブレを少なくしながら長期的には資産を形成していけることが多い」(I-Oウエルス・アドバイザーズ代表の岡本和久さん)とされるゆえんだ。

そして国内外のデータで、コストが高い投信の運用成績は長期的には悪くなることが知られ始めているので、手段として低コストのインデックス投信が好まれるというわけだ(あまり知られていないが、インデックス投資は単に低コストだから有利だというだけではない。インデックス投資は多くの場合、日本株の中で、あるいは世界の株式指数の中で時価総額に応じた比率で投資する結果になる。それはリスクとリターンの関係で考えると最も効率的な投資になることが「CAPM」という投資理論の中で指摘されている。これについてはいずれ詳しく解説したい)。

 そんなに論理的な個人投資家なんてごく一部だろう、と思われるかもしれない。たぶん、全体に占める比率はまだ少ないだろう。しかし梅屋敷での集まりの中心メンバーである人気ブロガー、会社員の水瀬ケンイチさんのサイト「梅屋敷商店街のランダム・ウォーカー」には、月間で30万件の閲覧(訪問者は15万人)がある。

「標準偏差」「相関係数」「正規分布」などを使った高度な投資理論も飛び交うサイトであることを考えると、かなりの数と言える。勉強して高度な知識を蓄え、金融機関のお仕着せでなく自分の投資スタイルを確立しようという若い投資家層が、おそらく水面下で急速に広がりつつある。「相場変動に一喜一憂せず、積み立てによる長期分散投資で将来の経済的自由の獲得を狙う」(水瀬さん)という、「静かな投資家たち」が台頭し始めている。

彼らは、もはや金融機関にとっても気になる存在。1月9日に東京・お台場で開かれた、個人投資家による手作りの交流イベント「インデックス投資ナイト」は、若い投資家たちに人気で、数千円のチケット120席が、すでに前年の12月中に売り切れ状態だった。会場ではパネリストたちと個人投資家が、投資に対する考え方をぶつけあって議論が白熱。商品開発のヒントを得ようと複数の投信会社の幹部も出席し、休憩時間に投資家と話し込む姿も見られていた。

そのイベントでは「投信ブロガーが選ぶベスト投信」も発表された。1位に選ばれたバンガード・インベストメンツ・ジャパンの加藤隆社長が受賞あいさつで、「業界関係者からではなく、投資家の方から評価をいただいたことを、大変光栄に思う」と話したのが印象的だった。

楽天証券、三菱UFJ投信、ドイツ証券などは3月、投信ブロガーたちをわざわざ自社に招いて、投信について意見交換する場を設けている。三菱UFJ投信の代田秀雄商品企画部長は「現在はまだネットで投信を買う人は少数派。しかし彼らの世代が年齢を重ねていくと、やがて大きな勢力になる。そのときのために彼らの声を聞いておきたい」と話していた。

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――投信を巡る状況は、一部ではあるが、かなり変わりつつあるのだろう。

僕はそんなことを考える。勉強して自分の投資スタイルを作り上げた投資家と、彼らの意見を聞いて良い商品を送り出そうとしている運用会社。こうした構図は、過去の日本の投信販売の現場ではあまり見られなかったことだ。

では、投信販売の状況とはどのようなものであったのか。

思い出すのは、ある老証券マンのことだ。上田明之さんといい、かつて大手投信会社などで役員を歴任し、投信を売りまくった。しかし「それは金融機関のためにはなったが、個人のためにはならなかった」と悔悟の気持ちを持ち、現在は様々な投信を巡る裁判で投資家側のアドバイザーを務めている。

そしてそれは完全に過去のことではない。極めてハイリスクな投信が、実質的には適合性原則違反とも言える状態で高齢者に売られ続けている実態を、ごく最近も僕は何度も目の当たりにしている。

上田さんに初めて会ったのは3年前の冬の夕暮れのこと。その後僕は上田さんと一緒に何度か投信裁判を傍聴し、暗たんたる気持ちに陥ることになる。

上田さんのこと、そして目を覆いたくなるような投信裁判の現実などについては、数カ月以内に稿を改めてこの欄で書こうと思う。しかしまずは、個人が着実に資産を増やしていくために有効な手法であるはずなのに、「どうせ単なるお題目でしょ?」といったようなちょっと理不尽な扱いを受けている長期・分散・低コストの投資手法の有効性について、何回かに渡って解説していくことにする。

次回は時計の針を80年前の米大恐慌のころに巻き戻す。株価指数が元の水準に回復するのには25年も要したが、投資時期と投資対象を分散していればわずか3年9カ月で投資額が元本を回復した例を実際の数字を使って検証する。

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