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繰り返さぬために(1)酷似する危機の予兆

偏る富・高まる不満 直視を

20世紀の初頭、技術革新や産業構造の転換でグローバル化が進んだ半面、急速に広がった格差への不満や新興国の台頭は2度の大きな戦争の土壌となった。米国と中国が激しく対立するいま、古代ローマで「パクス」と呼ばれた平和と秩序の女神からほほ笑みは消えた。歴史は繰り返すのでしょうか――。

第2次世界大戦が始まる2年前の1937年。ドイツにいた米国人記者ウィリアム・シャイラーは9月27日の日記に、ナチスが欧州を支配しかねないと警告しても実業家らに信じてもらえず「みんな笑うのだ」との嘆きを書き残している。

振り返ると突然にみえる危機にも必ず予兆はある。問題はそれになかなか気づけないことだ。

ヒトラーが独首相に就く2年前の1931年、世界の79%の国で1人あたり国内総生産(GDP)が前年より減った。1929年の米国発の大恐慌が世界に及び、第1次大戦の戦地だった欧州経済に追い打ちとなった。

世界不平等データベースによると、30年代前半のドイツとフランスでは国民所得全体の4割を所得上位1割の人が占めた。広がる格差と募る不満が、隣国との摩擦の導火線となった。

格差と不平等が常態となり、富を再配分する機能が弱まった社会はもろい。ゆとりがなくなった人々から公共心や他者への寛容さが失われ、異質なものを安易に排斥するムードが漂う。

米国でいま、アジア系住民を標的にしたヘイトクライム(憎悪犯罪)が急増している。米カリフォルニア州立大の憎悪・過激主義研究センターによると、ニューヨークなど全米16都市で昨年に起きたアジア系への憎悪犯罪は前年の2・4倍だ。

全米で社員の42%をアジア系が占め、多様性を力とする米グーグル。インド出身のスンダー・ピチャイ最高経営責任者(CEO)は3月、社員向けのメールで「人種などを理由に誰もが攻撃の標的となりうる現実は悲劇だ」と懸念を示した。

社会の根深い病巣は癒えたと思っても再び浮き出てくる。

新型コロナウイルス禍により、個人の豊かさは90年ぶりの落ち込みを示す。2020年の1人あたりGDPは世界の85%の国で前年より減った。その比率は大恐慌後の1930年代を上回る。

皆が同じように貧しくなったわけではない。

世界規模で一気に進んだ新型コロナ対策。経済の底割れを防ぐための財政出動や金融緩和は市場への前例のないマネー流入につながった。空前の株高が続き、図らずも金融資産を持つ者と持たざる者とのギャップはさらに広がった。

「4千万人が飢えるのを防ぐ」。バイデン米政権は1月に発表した1兆9千億ドルの米国救済計画で、コロナ禍で食べ物にありつけない人が人口の1割超にのぼる可能性を指摘した。1人あたり1400ドルの直接給付といった巨額の支援策からは、広がるばかりの格差への焦りもにじむ。

90年ぶりの危機の予兆は経済ばかりではない。

スウェーデンの調査機関V-Demが各国の政治体制を数値化した「自由民主主義指数」によると、2016年以降、北米と西欧の平均値は10年前と比べマイナスが続く。民主主義の退行はファシズムが広がった1930年代以来だ。

コロナ禍にうまく対応できなかった国で自由主義や民主主義への懐疑心が生まれている。命の危険に直面し、強い指導力による性急な解決を求める声はポピュリズム(大衆迎合主義)や権威主義への誘惑をかりたてる。

「指導者が自分たちの不安の原因が外国や移民にあるなどと説明すると不幸なことに大概うまくいく」。歴史学者のポール・ヤンコフスキ氏は現代と1930年代で「同じようなメカニズムが働いている」と指摘する。

歴史はしばしば韻を踏む。コロナ禍は人々に危機を実感させ、歴史的にみて不安定な時期に足を踏み入れたと多くの人が自覚するようになった。

分断の力学が強まる世界で新たな秩序を見いだすのは困難な作業だが、すべては足元に表れた危機の予兆を直視することから始まる。現代を生きる私たちは歴史という舞台の観客ではない。

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