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思い出そう大阪

関一市長と企業家精神 論説委員長 芹川洋一

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大阪市が日本最大の都市だった時期があるのをごぞんじだろうか。大正の末から昭和のはじめのころだ。大正14年(1925年)、周辺の町村を編入して人口で東京市を上回ったのである。人はそんな大阪を「大大阪(だいおおさか)」とよんだ。

人口だけでなく産業でも繊維をはじめ全国一の工業出荷額をほこり「東洋のマンチェスター」ともいわれた。大阪がいちばん光り輝いていた時代である。その立役者が、そのころ市長をつとめて...

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