古川貞二郎(4)長崎県庁 連日の法律問答が力に 片山氏らの存在、大きな刺激

2015/3/4付
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日本経済新聞 朝刊
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当時の九大教養部は福岡の第1分校と久留米の第2分校に分かれていた。私は久留米の配属となり、当初は母との約束で佐賀の自宅から通った。佐賀駅まで自転車で行き、長崎本線に乗って鳥栖で鹿児島本線に乗り換えて久留米で降り、徒歩で小森野まで行き、橋が流されていたので、そこから渡し船に乗った。

第2分校は筑後川の川沿いにあった。ある時、帰宅が遅くなり自転車の無灯火運転で警察に捕まったことがあった。それを知った…

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