/

この記事は会員限定です

この父ありて 作家 萩原葉子(5)

書いて生きた証を残したい 梯久美子

[有料会員限定]

朔太郎の死の2年後、葉子は結婚した。1944(昭和19)年11月、24歳のときである。

相手は、葉子がタイピストとして勤めていた東大航空研究所の先輩で、話を交わすことはほとんどなかったが、職場の上司に勧められたことから結婚相手として意識するようになった。

葉子の心にあったのは、施設にいる妹の明子のことだった。

〈結婚してから引き取って一緒に暮したい旨許可を得たいと思い、初めに話すと嫌な顔もなく承知...

この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。

残り1610文字

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン