久生十蘭「湖畔」 神奈川・箱根町
俺と情人の新生活内には、何者も介在することをゆるさぬ。
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村上春樹さんの近刊短編集の表題は、その名も「一人称単数」だ。
一人称小説の魅力とは、「語る私」と「語られる私」の隙間にのぞく小宇宙のようなものだろうか。語り手の「私」は他者を容赦なく批評する一方、作中人物としての「私」の内面や行状を巧みに粉飾すことができる。場合によっては作品の主題までも。
本作の語り手「俺」は、夏目漱石と同時代の幕末・慶応年間の生まれ。欧州に遊学した高等遊民の華族である。だが、漱...
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