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福川伸次(5)戻った日常

スター選手の指導で野球 慶大に入学、数学苦手で東大へ

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終戦を迎えたのは中学2年生。入学時は50人学級が6組あり、疎開で3組まで減っていた。そのうち級友がだんだんと東京に戻ってきた。しかし教科書はない。文房具もない。食糧事情が厳しくて腹は減る。授業は再開されたが、みじめな学校生活だった。

戦後しばらくは街頭にまだ焼夷(しょうい)弾の残骸が散らばっていた。「音楽家になる」と言っていた友達が信管を触っていて破裂し、指2本を飛ばされた。彼はピアニストをあきら...

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