交遊抄人生を変えた師 山本昌邦

2020/10/27付
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日本経済新聞 朝刊
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静岡の日大三島高でサッカーに打ち込んだ私は1977年、国士舘大に進んだ。系列の大学に進学しなかったのは、高校のサッカー部の監督が国士舘大の大沢英雄監督の大学の後輩という縁からだ。高校1年の時から同大の夏合宿に参加、早々に「あのデカいの、うちに寄こせ」と2人の間で話がついていたらしい。

無名の高校生の私が突然、ユースの日本代表合宿に呼ばれたのも大沢先生の推しだった。そこで松本育夫監督(68年メキシ…

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