裁判落語の縁 園尾隆司
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私は1968年、東京大学への入学と同時に落語研究会の門をたたいた。三遊亭円橘師匠は落研の顧問であったが、直後に大学は無期限ストに入り、講義も翌年の入試も中止。落語どころではなく、お目にかかったことはなかった。接点ができたのは30年前、裁判官として赴任した札幌だ。落研OBによる4人会を開いた際に円橘師匠が指導に来てくれた。
私は4人会で新作の裁判落語を披露した。刑事裁判官が急病になり、民事裁判しか...
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