私の履歴書鈴木幸一(10)よろず屋稼業 顧問もシステム構築も 体力と肝臓の強さが支え

2019/10/10付
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日本経済新聞 朝刊
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日本能率協会を1982(昭和57)年に辞めて、およそ10年続いたサラリーマン生活の幕を閉じた。待っていたのは、学生時代の延長線上ともいえる根無し草の生活だ。日々の暮らしはアルバイトの域を出なかったが、いろいろ誘っていただけるようになっていたので、生活の心配はなかった。

能率協会の退職金で飲み屋のツケを完済して、気分もすっきりした。生来の能天気な性格も幸いし、将来について思い悩むこともなかった。

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