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細川頼之(上) 京都中心の新国家像描く

本郷和人

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南北朝時代末の明徳元年(1390年)から同3年にかけては、大きな事件が次々に起きた激動の期間であった。このころ、幕府のいわば仮想敵国として長く存在していた中国地方の大勢力・山名一族の征伐が二段構え(山名氏清らに親族を討たせて一族全体の勢力を削(そ)ぎ、ついで、京都での激しい市街戦の末にその氏清らを滅ぼした)で完了した。東北地方が鎌倉府の管轄に移され、室町幕府は関東以東を切り離したコンパクトな政権...

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