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中村大尉殺害を軍部が利用

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日中の国民感情がわずかな火花で爆発しそうな空気のなか、満州事変への導火線となる事件が起きる。日本国民の反中感情を頂点まで高めた「中村大尉殺害事件」である。

1931(昭和6)年6月、参謀本部部員の中村震太郎陸軍歩兵大尉ら4人が満州の興安嶺の調査、偵察活動を行っていた。同地区には張学良配下の興安屯墾隊などが駐屯していた。日中間が険悪な時期だけに、日本人が入り込むのは危険な場所だった。そのため、中村大...

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