瞑想のすすめ
永井均

2013/2/10付
情報元
日本経済新聞 朝刊
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半年ほど前から瞑想(めいそう)修行を始めた。座禅から入ったのだが、座禅は退屈である。座禅とは、手足を何もできないように組んで、何もしない(そしてできる限り何も考えない)修行のことなのだから、当然のことではあるのだが。そのうえ、毎日やってみても何の効果も実感できない。そんなことを言ったら、効果なんかを求めること自体が禅の本質に反する、と言われそうだ。そういう世俗的価値を脱することこそが禅の本質なの…

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