
【前回までの胸を張れITモグラ】 化粧品業界2位のビキューに勤める若干28歳の山根勇二は、営業から事業企画に抜擢された。自身で考案した戦略的な販売支援システムを実現させるために、システム部門と行動をともにし始めた。ITベンダー選びに奔走する中、里山美紀との運命的な出会いを果たした山根は、次期社長と目される清水健太郎から、ある秘密を打ち明けられ、彼の“パートナー”になることを決意したのだった。
1988年(昭和63年)8月。
10月からの4店舗へのテスト導入に向けて、ビキューPOSの開発は佳境に入っていた。
武蔵電気側のプロジェクトチームでは、プロジェクトマネージャー(PM)の霧島以下、桃島、町崎、サエ、そして美紀が連日、深夜残業を続けていた。
しかし、ビキューの山根の要件定義が速くて正確だったことと、3社の協力開発会社の開発スタッフが優秀だったので、スケジュールは前倒しで進んでいた。こんなプロジェクトはめったにない。
「略称テーブル方式による会員台帳初期データ作成支援システム」
この名前は長いので、美紀はこのシステムに「チェンジ」という名前をつけた。商品名を商品番号にチェンジするシステムという意味である。
美紀はパンチ会社の開発スタッフと一緒にこのチェンジの開発に取り組んでいた。このパンチ会社は武蔵電気の100%出資会社で、武蔵サービスという会社である。
<第4章の主な登場人物>
山根勇二 化粧品会社大手ビキューで営業を担当。入社6年目の28歳
里山美紀 コンピューター大手、武蔵電気の子会社である武蔵ソフトの美人システムエンジニア(SE)。入社3年目の25歳
霧島 武蔵ソフトのシステム主任
岩本大樹 武蔵電気の装置業SI事業部の営業課長。大三郎と個人的なつながりも
瀧本俊二 武蔵電気入社2年目の24歳。岩本の直属の部下
清水大三郎 ビキュー創業者で、社長在任41年の「化粧品業界のドン」。66歳
清水健太郎 大三郎の一人息子。米国でMBAを取得後、ビキュー取締役化粧品事業部企画部長に就任。36歳
真樹時子 マキ化粧品店の「美人ママ」
河合江利子 ビキュー販売会社でパンチャーとして活躍していた
武蔵サービスは1970年代から80年代の前半にかけて、データ入力委託事業(いわゆるパンチ)とコンピューター処理委託事業で大きく伸びた会社である。
しかし、顧客企業がコンピュータ委託からコンピュータの自社導入に移行していったこと、さらに、80年代後半からビキュー販社などのように一般社員が直接データ入力するような分散入力が進み、売上は年々減少していた。
武蔵サービスのスタッフはビキューの会員台帳入力という、久しぶりの大きな仕事を受注して張り切っていた。
武蔵サービスの仕事はビキューのパートナーストアーから会員台帳を預かってコピーし、パンチを経て、会員台帳の初期データを作成して納品することである。
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