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『胸を張れITモグラ』 第4話 化粧品の押し込み
釜田雅彦

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2010/8/31 7:00
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 1982年(昭和57年)4月。山根勇二はビキューに新卒で入社した。

 この年、ビキューは創業37年目。創業者の清水大三郎は61歳で、創業以来一貫して代表取締役社長を務めていた。

 また、息子の清水健太郎は31歳、ビキュー中央研究所で界面活性剤の研究をしていた。

 そして、国内化粧品業界1位が太陽堂、ビキューが2位という業界地図はすでに出来上がっていた。

 

 山根が入社して最初に配属されたところは、ビキュー西東京販売株式会社 販売部販売課である。山根は化粧品メーカーのセールスマンとして社会人のスタートを切ったのである。

 

 この当時、新入社員のセールスマンは1年間先輩のセールスマンについて見習いをし、2年目から十数店舗の化粧品店を担当した。

 そして担当する化粧品店の売上を1円でも多く上げるために、日夜、体と頭、主に体を使って、気持ち的には365日、24時間、働くのである。

 このように、化粧品メーカーのセールズマンにとって担当する店の売上を1円でも多く上げることは非常に重要なことであったが、それよりさらに重要なことがあった。

 

 それは、販売会社から課せられた自分の売上予算を達成させることである。

 自分の売上予算達成のためなら、時には担当する店にビキューの化粧品を「押し込む」こともやらなくてはならなかった。

 「押し込み」とは、月末、期末などの販売会社の予算評価時期に合わせて、適正をはるかに超えた商品を化粧品店に納品して――つまり、押し込んで、一時的に販売会社に売上実績を立てることである。

 

 月もしくは期が明けると、適正を超えて納品された商品の返品を受けて化粧品店の在庫を適正に保つとともに、店がその分の仕入れ代金を支払う必要がないようにしてやらなくてはならない。

 

<第1章の主な登場人物>
山根勇二 化粧品会社大手ビキューのCIO(情報システム責任者)。48歳の最年少執行役員
清水大三郎 ビキューの創業者で代表取締役会長。87歳
清水健太郎 ビキュー社長。清水大三郎の一人息子
山根美紀 山根勇二の妻。コンピューターメーカー大手、武蔵電気の美人キャリアウーマン
山根杏子 山根勇二と美紀の娘。15歳
郷田耕造 ビキュー相談役。情報システム担当役員だったこともある。74歳
只野誠 ビキュー入社3年目から一貫して情報システム部に在籍。無口だが優秀な「システム職人」
岩本大樹 武蔵電気の専務。山根勇二とは20年来の付き合い
瀧本俊二 武蔵電気の部長。ある“事件”をきっかけに、山根勇二に頭が上がらない
岩本峰子 岩本大樹の母親
真樹時子 マキ化粧品店の経営者。元・銀座のママ

 押し込みは単に予算評価日に売上予算が達成されている状態を一時的に作り出すだけの行為である。

 担当化粧品店から見ると、押し込みの商品については、すぐに返品される約束なので商品代金を支払う必要がない。したがって、押し込まれても経済的な実害はない。

 しかし、この業界では納品されないと販売会社に売上は立たない。したがって、押し込み商品も販売会社に売上を立てるために化粧品店に納品されてしまうので、店が一時的に化粧品だらけになってしまうのである。

 

 店が化粧品だらけになることを嫌う化粧品店のオーナーや奥さんは多かったし、そもそも、押し込みは物流の無駄遣いである。

 返品されると分かっていて、トラックを走らせて納品し、すぐにまたトラックを走らせて返品を受けるだけ。

 このような無駄遣いを嫌う化粧品店のオーナーや奥さんも、当時、少数派ではあるが存在した。

 現在ならエコの観点でこういう意見が多数派を占めたに違いない。

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