そんなことが可能だとして、もし4年3カ月もの有給休暇がとれたとしたら、何に使うだろうか。
ミキハウスに勤める坂本達(41)は、自転車で世界一周に挑戦した。
1995年9月にロンドンを出発。欧州からアフリカ、中東、アジア、北米、南米と渡って、99年12月にエクアドルで旅を終えた。40キロの荷物を積んで43カ国を訪れ、のべ5万5000キロを走破。地球の円周が約4万キロだから、一周半近くした計算になる。
ツール・ド・フランスを見てあこがれ
商社マンだった父の仕事でパリに住んだ少年時代、世界最高峰の自転車レースとして知られる「ツール・ド・フランス」を見て、あこがれを抱いた。帰国後の小学校。フランスで買ったお気に入りのズボンを級友たちにからかわれた。落ち込む息子に父は世界地図を見せながら「世界には色々な人がいる。そのズボンを褒めてくれる人もいるよ」。そんな人たちに、会いに行きたい。自転車で世界をまわる夢が芽生えた。
早大を卒業後、ミキハウスに入社した。新卒採用の担当として励む中、夢が胸の中で騒ぎ出した。
同僚に「修行僧のよう」といわれる質素な生活で資金をためた。社長への定期業務リポートでは「自分の夢」という項目を勝手につくり、「世界の子どもたちにミキハウスの服を着せて写真を撮る」といった世界一周の実現にこじつけられそうな“企画”を提案。物資面の協賛企業も探し、会社を辞めて敢行することを真剣に考え始めた。
そんな坂本に、会社から突然ゴーサインが出たのは入社4年目の新年会。「たつ、長いこと、巡礼の旅に出るんやってな」。社長の木村皓一にそう言われ、最初は訳がわからなかった。聞けば、有給休暇を使って世界を回ってこいという。元々、人の目が気になるタイプ。やっかみを恐れ「無給の休職扱いで」と頼んだが、社長も引かない。月1回の報告書を出すこと、帰国後、子どもたちに旅の話ができるように写真をたくさん撮ってくること、無事に帰ることを条件に、ボーナス、定期昇給まで付いた異例の有給休暇が出た。認めた理由を木村は「スポンサーを20数社も見つけたというんだから、これは本気やなと」と振り返る。
熱意に社長がゴーサイン
怒ったのは坂本の母。そんなことして、息子にもしものことがあったらどうしてくれると心配した。そんな母親を木村は「カネがなければ余計な危険を冒しかねない。(どうせ行ってしまうのなら)きちんと支えないと」と説得した。
卓球の平野早矢香ら多くのスポーツ選手が在籍するミキハウスは、会社には色々な人間がいる方がいいという社風。坂本が中国への入国で手間取った際には、卓球界のルートを使って手を回し、助けた。
帰国後も温かく迎えられた坂本は会社説明会などと並行して、全国の学校での講演に奔走することになった。世界を自転車で旅する日本人がほかにもいる中、「声を掛けてもらえるのは会社という足場があるから。一生ここで働きたい」。再び旅に出たい気持ちもあるが、さすがに言い出せずにいる。
(敬称略)
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