ダレスが走り回ってまとめた対日講和条約草案に対し、まず不満の声をあげたのは英国だった。英国のショークロス商相は1951年7月12日夜、下院で声明を発表し、英国は講和条約締結後の日本に「最恵国」権(ライツ)を与えることを拒否するだろう、と言明した。
■英国、「日本に最恵国待遇与えず」
この物語でも触れたように、英国は対日講和条約に日本の経済活動を制限する条項を盛り込みたいと考えていた。が、それは米国から拒否された。日本に対する最恵国権拒否は、その代替措置だったのだろう。
最恵国権とはいまの言葉でいえば、最恵国待遇である。敵性国家に対する最恵国待遇の付与や剥奪は、しばしば外交カードになる。
1989年の天安門事件では中国に対する最恵国待遇の扱いが話題になった。冷戦終結間際のソ連も西側諸国に対し、新たにそれを求めた。
つまり英国は、当時の日本を敵国意識で見ていたのだろう。同じ戦勝国でも米国は日本を占領し、朝鮮戦争の前線基地にしていた。米英間では日本の戦略的価値が違った。そこには衰退する大英帝国の焦りもあった。
ショークロス声明の要旨は次のような内容だった。
・戦前の通商、特に繊維貿易における日本の競争の記録を銘記し、英国は日本に対し、最恵国権を与えないことを決定した。政府がこの決定を下したのは、英国に有害な競争に対し、必要な場合、英国経済を当面保持しなければならないと考えるからである。われわれは戦後日本の産業界の指導者が協力的態度を示しているのを承知しているが、国際貿易情勢はまだこれを十分試すに至っていない。占領期間中は米国の援助が日本経済を支えたが、日本はかかる援助を受けずに生計を賄うことに成功しなければならない。これは人口が急激に増加する上に原料に不足する日本にとって困難な仕事だろう。
・日本は労働条件を規定する法律を制定した。また労働組合も設立された。われわれは日本が公私の貿易および通商において国際的に承認された公正な慣行を順守する意思があると表明した点を特に重視する。
外交的修辞をちりばめてはいるが、日本の繊維輸出が英国のそれを脅かすかもしれないとの警戒感がにじむ。ショークロス声明は、日本政府には軽く受け止められない打撃だった。
■日本政府は悲壮な決意
日本政府筋は「英国が最恵国待遇を与えないならば、日本も英国に与える必要はない。しかし日本の重要市場であるポンド地域への輸出が不利となり、日本に不利となることは争えない」などと、次のように分析してみせた。
・講和条約の最終案によれば、日本と連合国の通商関係は講和後に結ばれる個々の通商協定で決められる。したがって英国が日本に最恵国待遇を与える場合は、その代償として一部産業の制限または市場協定を要求するのではないか。
・現在、英国は日本に対しては自国で輸出に使うため原材料として輸入する未さらし綿布など経済的にみて自国に有利なものについては関税面で実質的な最恵国待遇をしている。しかし日本船は英国の港湾に入港できず、銀行、商社の支店設置も認められていない。
・講和後の通商航海条約締結の際、最恵国待遇が折衝の焦点となるとみられるが、戦前のような最恵国待遇を獲得することは相当困難とみられ、特にその際もポンド地域内で行われている特権関税同盟に参加することは事実上不可能なのでポンド地域に輸出の多い日本としては企業の合理化と業界の協力が必要になる。
1951年 4月11日 | トルーマン大統領がマッカーサー元帥を連合国最高司令官、国連軍最高司令官、米極東軍・極東陸軍総司令官から解職。後任にリッジウェー中将 |
| 4月16日 | ダレス特使再来日 |
| 6月20日 | 日本政府、第1次追放解除を発表 |
| 8月6日 | 日本政府、第2次解除を発表。鳩山一郎ら追放解除される |
| 9月1日 | 米、オーストラリア、ニュージーランド、太平洋安保条約に調印 |
| 9月4日 | サンフランシスコ講和会議始まる |
| 9月8日 | 吉田首相、対日講和条約、日米安全保障条約に調印 |
| 12月24日 | 吉田首相、ダレスに台湾の国民政府との講和を確約(「吉田書簡」) |
ポンド地域とは、ポンドを使って貿易決済をする、大英帝国の植民地だった地域である。英国の措置は日本には打撃だった。それにしても、講和前の日本は、まだ国際社会に復帰していなかったことがこの政府筋の話でわかる。日本船は英国の港湾に入港できず、銀行、商社の支店設置も認められていなかったというのである。
英国の厳しい反応は、対日講和条約の経済条項が日本に有利と受け取られたからだった。だれがそう見ていたかといえば、いまの言葉で言えば、市場(マーケット)が、である。
ロンドンでは日本公債が高騰を続けていた。日本公債はドイツ公債の3倍高だった。独立後の日本の再建に対する期待である。
英国とは別の立場から、講和条約草案に反対を表明したのがフィリピンとフランスだった。
フィリピンのロムロ外相は、同国の対日講和委員会が満場一致で条約草案に反対だった、と語った。理由は述べなかったが、賠償問題が原因とみられた。
一方、フランスは次の点をあげて反対を表明した。
・インドシナのベトナム、カンボジア、ラオス三国も条約署名に参加すべきだ。これら三国は日本軍の占領により重大な損害を受けている。
・条約に規定されている以上に最恵国待遇を拡大すべきだ。
・条約の文言に対する反対(これは純然たる言葉遣いに関する反対である)。
9月までまだ時間がある。これらは当然の動きだった。
ロムロ
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