シロアリの女王がほかのシロアリの繁殖を抑え、女王として君臨し続けるために分泌する「女王フェロモン」。半世紀以上も謎だったその正体が果物の香りの成分と同じことを、岡山大学の研究チームが突き止めた。効果的なシロアリ駆除剤の開発につながる成果で、実用化に向けた動きも始まっている。

おなかの大きな個体がヤマトシロアリの女王、小さな個体が働きアリ(松浦准教授提供)
シロアリの社会は王や女王、働きアリなどの“階級制”で、女王アリは卵を産んで子孫を増やし、働きアリは幼虫の世話やエサ集めなどに徹する。女王が分泌する女王フェロモンによって、働きアリなどほかのメスが女王にならないように抑えられ、巣の中での働きアリと女王の割合は一定に保たれている。岡山大の松浦健二准教授によると、日本で最も多く見られる「ヤマトシロアリ」の場合は、約10万匹の働きアリがいる巣には女王アリが20~50匹いる。
女王フェロモンが繁殖を制御するというこの説は、半世紀以上も前から提唱されているが、正体は謎だった。松浦准教授らはヤマトシロアリの女王を200匹集めて分泌成分を分析。「ブチルブチレート」と「2―メチルブタノール」という2つの物質を突き止めた。そこでこの2つを混ぜた人工フェロモンを作製した。
通常、シロアリの集団から女王を取り除くと、働きアリの中から自然に新しい女王が生まれるが、人工フェロモンを与えた集団では、女王を取り除いても新しい女王が生まれなかった。2つの物質の混合物が女王フェロモンであることが証明された。
ブチルブチレートはリンゴやバナナに含まれる成分で、菓子の香料に使われている。2―メチルブタノールはブドウなどに含まれる成分で、こちらも菓子や清涼飲料の香料。2つとも身近な物質だった。「女王フェロモンは、フルーツの香りがする“香水”だった」(松浦准教授)。人間の香水が異性を誘惑するのに対し、シロアリ女王の香水は同性であるメスに効果があるようだ。
成果は、巣を探し当ててたくさんの女王を集める研究室のノウハウと、分析機器の精度の向上がもたらした。シロアリ駆除の際にこのフェロモンを使えば、もし一部の働きアリが生き残っても、働きアリが女王になって巣を再建するのを防げそうだ。香料にも使われる成分なのでもちろん無害という。
実は松浦准教授らが突き止めたシロアリのフェロモンはもう1つある。卵から分泌される「卵認識フェロモン」で、やはり新たな駆除剤を開発するカギになる。このフェロモンは、働きアリが卵を卵として認識するための目印だ。働きアリは卵を巣の保育室へと運び、表面が乾燥しないようになめて世話をするが、その行動を引き起こすきっかけになる。
試しに、ただのガラス玉に卵認識フェロモンを塗って働きアリのえさ場に置くと、働きアリはガラス玉を卵と勘違いし、せっせと巣に運び込む。そこで、ガラス玉に2種類のフェロモンを塗ってシロアリに与えてみると、卵認識フェロモンだけを塗った時よりも効率よくガラス玉を巣に運んだ。

卵認識フェロモンを塗ったガラス玉を、働きアリが巣の中に運び込んだ(松浦准教授提供)
卵認識フェロモンには揮発性がなく、卵に直接触れた働きアリにしか効果がない。一方、女王フェロモンは揮発性なので、遠くにいる働きアリにも効果がある。このことから松浦准教授らは、女王フェロモンには働きアリの繁殖を抑える作用に加え、遠くにいる働きアリを卵の元へ呼び寄せるという2つ目の作用があると考えている。
2種類のフェロモンを応用すれば、殺虫成分を含んだ“ニセの卵”を働きアリに卵と思い込ませ、巣の中に運び込ませることができると期待されている。実現すれば、今までの駆除剤とは全く異なる新しい仕組みの駆除剤で、松浦准教授は「シロアリの本能や社会行動を利用して殺虫剤を巣に届ける、一種の薬物送達システム(DDS)だ」と説明する。
すでにアース製薬、森下仁丹、住友化学子会社の住化エンビロサイエンスと共同で、フェロモンを使った駆除剤の開発に着手した。森下仁丹がニセ卵の素材、住化エンビロサイエンスが殺虫成分をそれぞれ開発し、アース製薬が性能評価や商品化を担当する。2011年度内にも実用化を目指す考えだ。
シロアリは駆除が難しい害虫で、ほかの害虫ほど効果的な駆除剤が実用化されていない。木材の中で生活するため殺虫成分を外から届けにくく、すみかである木材自体を食べるので、エサに殺虫成分を混ぜて与える方法も使いにくい。仮に駆除しても、集団の一部が生き残っていれば、新たな女王が生まれて巣が再建されてしまう。
フェロモンを利用した駆除剤なら、こうした問題点を解決できるとみられる。2つのフェロモンにより効率よく殺虫成分を巣の中に届けられ、巣の再建を防ぐこともできる。シロアリの本能を逆手に取った駆除剤だ。
国内のシロアリ駆除市場は1000億円以上ともいう。岡山大の成果をもとに画期的な駆除剤が開発できたら、動物の生態研究が産業応用につながった好例となる。
(科学技術部 柏原康宏)
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