スマートフォンを使ったモバイルAR(Augmented Reality、拡張現実)技術は、全地球測位システム(GPS)などから得られる位置情報を基にした位置情報型と、内蔵カメラからの画像を認識して使う画像認識型に大別できる。

カメラ映像に重ねて近くにある銀行を表示している位置情報型のARアプリケーション
位置情報型のARアプリケーションは、ユーザーの現在位置やカメラの向きにマッチした情報を画面上に重ね合わせて提供する。今のところ、周辺施設の情報や経路、建物の説明といったサービスが中心だ。
ゴルフコースの情報を表示
NTTドコモは2010年6月、「ゴルフ版直感ナビ」と呼ぶモバイルARアプリを公開した。このアプリをダウンロードした携帯電話のカメラでゴルフコースを映すと、グリーンやバンカーの方角や距離などを実映像に重ね合わせた形で表示する。携帯電話のGPS機能でどのゴルフ場の何番ホールのコース上にいるかを把握し、適したコース情報を提供する。

NTTドコモが開発した「ゴルフ版直感ナビ」の画面 ホールごとにバンカーや池などの位置が把握できる
ゴルフ場のデータベースはパー七十二プラザ(東京・墨田)から提供を受けた。同社は「Shot Navi(ショットナビ)」と呼ぶGPSを使ったゴルフナビゲーションシステムを運用しており、日本国内の98%のゴルフ場のコースデータを持っている。データベースには多い場合でグリーンや池、バンカーなど十数カ所の緯度経度情報が入っている。これらが、ティーグラウンドからグリーン方向を向いたときに携帯電話に映し出される。
NTTドコモはこれまで独自システムで「直感検索」「直感ナビ」といったモバイルARサービスを研究してきた。ゼンリンデータコムの法人向け地図ASPサービス「いつもNAVI」(旧「e-map」)と連携し、位置情報を活用して地図や飲食店の情報といった実用的なコンテンツを提供する仕組みだ。

改善前の画像 水平にアイコンが並ぶため重なって見えないものがある
しかし、街中で携帯電話のカメラをかざすというARアプリの使い方は、人ごみや電車内では人目が気になり、場合によってはあらぬ疑いをかけられる可能性もある。そこで、カメラを抵抗なくかざせる場所としてゴルフ場に目を付けた。NTTドコモ研究開発センターサービス&ソリューション開発部の小笠原史サービス戦略担当課長は「これまでNTTドコモがモバイルARで培ったノウハウの一つの出口」と意気込みを見せる。

改善後の画像 アイコンが重ならない状態で表示されている
使い勝手をよくするために、「ユーザーインターフェースにも工夫を凝らした」(研究開発センターサービス&ソリューション開発部サービス戦略担当の長谷川慎氏)という。アプリはゴルフ場の起伏に対応していないため、そのままでは画面上にグリーンやバンカーなどの情報が重なってしまい読み取りずらい。このため表示方向を工夫して視認性を高める仕組みを作りこんだ。
リアルタイム情報を提供

三井不動産販売が5月24日に開始した駐車場案内サービス「『今から』停められる駐車場検索サービス」の画面
三井不動産販売が5月24日に開始した駐車場案内サービス「『今から』停められる駐車場検索サービス」は、オランダのLAYAR B.V.(旧SPRXMobile)が開発した「Layar」というモバイルARプラットフォームを利用している。GPSの現在位置情報とユーザーが端末に設定した検索範囲(50メートル~1キロメートルまで5段階)を基に、周辺の空き駐車場の情報を提供する。
端末からの情報はいったんLayarのサーバーが中継し、駐車場検索アプリを開発したアットウェア(横浜市)のサーバーに送る。アットウェアのサーバーは三井不動産販売のデータベースに接続して、該当する範囲にある駐車場の緯度経度情報と空き状況を問い合わせる。Layarのサーバーを経由して検索結果を受け取った端末は、端末内の電子コンパスで端末の方向を、加速度センサーで端末の向きを察知し、端末の向きと同じ方向にある駐車場を実映像に重ねる形でアイコンとして表示する。
このサービスは、位置や方向などのセンサーとして働く端末とネットワーク上にあるデータベースがリアルタイムで連携しているのが特徴だ。三井不動産販売は全国約3800カ所の駐車場の満車・空き情報のデータベースをリアルタイムで管理している。現在地を基に場所を教えるだけでなく、データベース内の最新情報を取り出すことで、利便性を高めている。
緯度経度以外の情報との連携が必須に

セカイカメラの画面 カメラからの映像に様々なエアタグと呼ばれるアイコンを重ねて表示している
位置情報型モバイルARは、データベース化された位置情報にどのような情報を連携して表現するかがサービスのカギだ。ARアプリ「セカイカメラ」を開発した頓智・(とんちどっと、東京・新宿)の井口尊仁最高経営責任者(CEO)は、「現在、緯度経度だけで示されている位置情報には、高さや広さ、奥行きといった物理概念や現在、過去といったタイムラインの視点が欠けている」という。
ある場所で人がかつてとった行動や、人がその場所にAR情報として残していったものなどが、ソーシャルなデータとして蓄積されれば、従来にないサービスを提供できるという。そのためには緯度経度にとどまらないデータベースの蓄積が必要になってくる。
KDDI研究所Webデータコンピューティンググループの小林亜令主任研究員は「センサーデータマイニング」と呼ぶ考えを示す。ユーザーと一緒に移動するモバイル機器のセンサーが集めた位置情報などの大量の情報を加工、変換、マッチングさせて有益な情報を抽出する。こうした技術が向上していけば「ユーザーが今何をどこでしているというプレゼンス情報を取得して、様々なサービスを提供できる」(小林研究員)という。
まだ少ない電子コンパス搭載機
より詳細な情報を提供するためには、位置情報の精度も重要になる。携帯電話に搭載されているGPSには最小でも5メートル程度の誤差があり、地下街などGPS衛星が見えない場所での測位も難しい。ビルの何階にいるかといった上下方向の位置も測定できない。
このため無線LANや携帯電話の基地局のデータがGPSを補完する位置情報として期待されている。位置情報を中心としたシステムを開発するクウジット(東京・港)は6月、無線LANを利用して屋内でも位置を推定できる「PlaceEngine屋内測位ソリューション」をグーグルの携帯向けOS「Android(アンドロイド)」を搭載したスマートフォンに対して提供を始めた。ただ、米アップルは今年3月以降、PlaceEngineのような無線LANの電波を扱う「iPhone」用アプリの公開を停止している。
携帯電話の基地局情報をスマートフォンから活用することも現時点では難しい。「基地局の情報は『iモード』などクローズドな環境に限り提供しているが、オープンなスマートフォン向けには公開していない」(NTTドコモ)という。基地局の所在情報を公開するうえで必要なセキュリティーポリシーの変更やシステム改修にかかるコスト負担の問題が片付いていないためだ。
モバイルARで情報を提供するには、端末がどの方角を向いていて、それがどう変化したかというセンサー情報も欠かせない。方角は電子コンパス、そこからの変化は加速度センサーが測定するが、現状では電子コンパスを搭載した携帯電話はまだ少ない。iPhoneが電子コンパスを搭載したのは09年発売の「iPhone3GS」から。NTTドコモやKDDIも、Android内蔵のスマートフォンなどで採用し始めているが、従来型の携帯電話は数えるほどだ。
搭載が広がらない理由は、「コストの問題というよりも、電子コンパスを載せる明確な用途が見えないため」(関係者)。電子コンパスはほかの部品から磁気の干渉を受けやすい。限られたスペースに数多くの部品を詰め込む携帯電話に電子コンパスを搭載しようとすれば、ハードウエアの設計に大きな制約が発生する。そうした制約をかけてでも製品を設計する用途が明確になっていないのだ。
一部のARアプリは電子コンパスを搭載していない端末でも最低限のサービスを提供できるように、ユーザーの操作で機能不足を補うインターフェースを取り入れるなどの工夫をしている。とはいえ、本来は端末の機能向上を取り入れて、アプリケーションが進化していくというのが望ましい姿である。
(電子報道部 松本敏明)
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