もうすぐ夏休み。景気に薄明かりが見えて、今夏は海外旅行を計画する人も昨年より増えそうだ。ただし海外では気候や治安状況が日本と違うため、とりわけ不慣れな人は病気やケガ、あるいは金銭にまつわるトラブルに巻き込まれる危険性がある。安心して海外を旅行するための予防・対処策を知って、楽しい旅にしたい。
「いま思えば、一目で観光客と分かったから、私たちが狙われたのかもしれません」。関東地方に住む40歳代の女性は、3年前に観光で訪れたベルギー・ブリュッセルでの出来事を悔しそうに振り返る。
被害に遭ったのは宿泊先のホテルに向かうため高速列車から地下鉄に乗り換えようと家族で移動していたときのこと。乗っていた下りエスカレーターが突然停止した。驚いて後ろにいる息子の様子を確認しようと振り返ったすきに、バッグに入れておいた財布から日本円で2万円相当のユーロ紙幣を何者かに抜き取られた。
彼女は海外では現金などの貴重品はできるだけ分散しておくよう心がけていた。防犯用のチェーンで財布とバッグをつないでいたこともあり、幸い財布ごと奪われずに済み、クレジットカードなどは無事だった。この事件以来、スーツケースなど大きな荷物を抱えていたり、子供と一緒だったりして急に身動きしづらい場合は正規の乗り場からタクシーを利用するなど細心の注意を払っている。
被害最多は「窃盗」

海外で窃盗などの犯罪被害に遭うのは決して珍しくはない。外務省がまとめた2009年海外邦人援護統計によると、何らかのトラブルで海外の日本大使館や総領事館など在外公館に援助を求めた日本人渡航者は1万8843人。08年比4.1%増えた(グラフA)。渡航者全体が3.4%減っている一方、高齢旅行者の比率が高まっており、トラブルに巻き込まれるケースが増えているという。
同統計の件数別で最も多かったのが「窃盗」(グラフB)で、全体の4分の1を占めた。旅行ジャーナリストの村田和子さんは「日本人は海外でいまもお金持ちと思われている。現地の人と交流したいという意欲が高く、それでいていざというとき言葉が通じないこともトラブルに巻き込まれやすい理由」と分析する。窃盗以外でも「詐欺」「強盗」などお金にかかわる犯罪が目立つ。

こうした犯罪への予防・対処策として最も有効なのが、訪問先の国や地域で実際に起きた手口をあらかじめ知っておくことだ。外務省の「海外安全ホームページ」には日本人が巻き込まれたトラブル例やその対処策など海外で行動する上での基礎知識や注意点を幅広く掲載している。海外旅行の体験記を投稿する口コミサイトなどでも現地情報が得られる場合があるので参考にするといいだろう。
日本語で話しかけてきた相手を安易に信用したり、深夜に人通りの少ない場所へ出向いたりと「日本国内でもしない行動は海外でも慎む」(村田さん)ことも重要だ。海外では開放的な気分になりやすい。ちょっとした心がけ次第で防げる被害は意外と多いようだ。

海外旅行の金銭トラブルを防ぐ上で役立つのが、クレジットカード。多額の現金を持ち歩くと盗難に遭う危険が高いだけでなく、使われてしまうと取り返すのは難しい。カードなら盗まれても窓口に連絡すれば利用不可にできるし、もし不正利用された場合も損害を補償してもらえるからだ。ただし、後日送られてくる明細書にはきちんと目を通しておく必要がある。
カードで支払う際には、金額が正しいかどうか確認するのも忘れずに。例えば口頭で説明された金額より高い請求額が伝票に書いてあっても、いったんサインしてしまうと損害を補償してもらうのは難しい。また不正請求されないためにも、書き損じた伝票は目の前で破棄させたり、自分で持ち帰ったりする必要もある。このほか、海外旅行の金銭トラブルの対処法を表Cにまとめた。
事故や災害でケガをしたり、慣れない気候で体調を崩して病気になったりしたときに頼りになるのが海外旅行保険だ。海外では治療費が高額になりがちなうえ、移送費用などがかさむこともあるからだ(表D)。

多額の支払いが必要になるほどのトラブルに遭う確率が高いかどうかにかかわらず、「巻き込まれた際の負担の大きさを考えると、海外旅行保険は必要」(ファイナンシャルプランナーの平野敦之さん)だ。
荷物などもカバー
海外旅行保険は被保険者が病気になったときのほか、荷物が壊れたり他人をケガさせて賠償責任などが生じたりしたときにも補償が受けられる(表E)。旅行期間が1週間程度なら保険料は数千円。旅行会社の店頭やインターネットのほか、空港の自販機でも契約できる。ただ、空港で申し込むと家から空港に着く間にトラブルがあった場合の補償は受けられない。
カードに付帯している海外旅行保険を利用する手もある。発行会社やカードの種類によって補償内容はかなり幅があるため、出発前に確認しておく必要がある。同時に確認しておきたいのが、付帯保険の適用される条件だ。カード会社によっては宿泊代や航空運賃など旅行費用の支払いにカードを利用しないと受け取れる保険金が少なくなったり、保険金が支払われなかったりする場合がある。

カードに付帯する海外旅行保険を利用しても、場合によっては足りない補償内容を補う必要も出てくる。
例えば病気で亡くなった際の補償。損保が扱う標準的な海外旅行保険では補償内容に含まれるが、カードに付帯する保険だと補償されない場合が多い。
また死亡や後遺障害で支払われる保険金の上限は比較的高いものの、現地でかかった病気・ケガの治療費用の補償はゴールドカードでも200万~300万円程度が一般的だ。「海外の高額な治療費を考慮すると最低でも500万~1000万円の補償がないと不安」(平野さん)だとすると、カード1枚の付帯保険だけでは心もとない。
カードに付帯するものも含めて複数の海外旅行保険が利用できる場合は原則、保険金額の上限の合計を限度に、実際にかかった損害額を各社が案分して支払う。
ただし死亡と後遺障害が残った場合は異なる。通常の海外旅行保険とカード付帯保険の両方が利用できる場合は、合算した額が支払われるが、カードの付帯保険同士の場合は上限が最も高い1社の保険金を各社で案分することになる。
(藤井良憲)
[日本経済新聞朝刊2010年7月18日付]
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