「悔しいですよ」。試合後の興奮冷めやらないスタンド下で、大きな目をさらに見開きながら木村季由(43)は言葉を絞り出した。

主将の荒木(右)がけん引したチームは、指導者としての木村を成長させた
1月10日、ラグビー大学選手権決勝。タイムアップのホーンが鳴り響き、あとワンプレーという局面でも東海大は攻め続けた。13―14と1点負けていたがゴールラインは目の前だ。自慢の重量FWが何度も突進を繰り返す。しかし、ゴールは割れなかった。
「大学日本一」を掲げて臨んだ2009年度のシーズン。懸念材料はあった。チームを支えるべき4年生の「意識が低いのでは」と感じていた。レギュラーの大半はタレントぞろいの3年生。最上級生は「気のいい人間は多いが、リーダーシップとなると……」。
9月に始まった関東大学リーグ戦で、東海大は何度も試練に襲われる。10月に部内でインフルエンザが流行、疑いを含めれば70人が罹患(りかん)して「危機的状況」に陥った。日本代表にフッカー木津武士、フランカーのマイケル・リーチが選出されたため主力2人を欠いた試合もあった。
そんな厳しい状況が「4年生を熟成させた」と木村は言う。その典型が主将のフランカー荒木達也だ。
荒木はリーグ戦初戦で負傷、離脱を余儀なくされた。「プレーで見せてきたタイプ」と評するキャプテンがけがで練習できないときでも、木村は「もっと当事者になれ」と言い続けた。
復帰したキャプテンのもと、チームは全勝でリーグ戦3連覇を果たす。勝利の積み重ねは自信に変わった。「自分たちFWのところで、プレッシャーをかけられるのがチームの強み。日本一になる手応えはある」。大学選手権を前に荒木は言い切った。
しかし、荒木にとって本当の試練はそれからだった。大学選手権1回戦の筑波大戦で今度は左腕を骨折した。準決勝で給水係を務めた荒木を「決勝まで連れて行こう」というのがチームの合言葉になった。
初の決勝、全力で攻め貫く
帝京大との決勝戦。医師からゴーサインが出た荒木は左腕に骨を固定するプレートを埋め込んだままフィールドに戻ってきた。トライに結びつく快走を見せ、思いを爆発させた。
「人間というのはこんなに成長するんだ。逆に学ばせてもらった」。荒木がけん引したチームを「思い出の残る代」と話す。「自分の思い通りの人材で、強くなるのではない」とわからせてくれた4年生。指導者としての木村も成長したシーズンだった。
大学日本一には一歩及ばなかったが、1963年の創部以来初めてという決勝の舞台で「最後まで攻める姿勢をもってゲームができた」と部員の健闘をたたえる。「力を出し切った」という満足感はある。一方で「まだ、いけたんじゃないか」という思いは、時を経るごとに大きくなる。
「1点の重さを後輩がしっかり感じてくれれば、敗戦は意味のあるものになる」。前年度は大学選手権ベスト4、そして準優勝。一つ一つながらも階段を上がっていく。東海大ラグビー部の歩み方は、木村の生き様と重なる部分が多い。
(敬称略)
Copyright © 2012 Nikkei Inc. All rights reserved.
本サービスに関する知的財産権その他一切の権利は、日本経済新聞社またはその情報提供者に帰属します。また、本サービスに掲載の記事・写真等の無断複製・転載を禁じます。