日本経済新聞社

小サイズに変更
中サイズに変更
大サイズに変更
印刷

ネットの「重大欠陥」を修復 DNSSECは成功するか

2010/7/14 7:00
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

DNSSECをテーマにしたパネル討論では会場からの質問が相次いだ(8日)

DNSSECをテーマにしたパネル討論では会場からの質問が相次いだ(8日)

 インターネットの根幹を揺るがしかねないと指摘されてきたセキュリティー上の欠陥を世界規模で修復しようとする取り組みが動き出す。ネット上の住所にあたる「ドメイン」とIPアドレスが抱える構造的な問題への対策で、日本で広く使われている「.jp」も早ければ年内に手当てが始まるという。ただ、完全対応には長い時間とコストがかかり、解決は容易ではないとの指摘もある。

 7月8日、都内で開催されたインターネット技術者向けの会議。400人を超える聴衆を前に始まった最初のパネル討論のテーマは「動かしてみましたDNSSEC」。日本レジストリサービス(JPRS)の民田雅人主任研究員らが実証実験の結果を報告すると、会場からは質問が相次いだ。「インターネットの基盤技術にかかわるテーマ。皆、情報をほしがっている」と民田氏は話す。

7月15日に「ルートサーバー」で導入

 DNSSEC(DNSセキュリティー・エクステンションズ)とは、今のインターネットに不可欠なDNS(ドメイン・ネーム・システム)と呼ぶ仕組みの弱点を補うために、世界規模で導入されようとしているセキュリティー仕様のことだ。7月15日にインターネットのドメイン階層の起点となるサーバー群「ルートサーバー」がDNSSECを導入する。「.com」や「.net」などの主要ドメインも2011年にかけて相次ぎ対応する予定だ。「日本」を意味する「.jp」ドメインを管理しているJPRSも「近く具体的なスケジュールを明らかにする」(広報担当者)という。

 JPRSの米谷嘉朗主任研究員は、「DNSSECとは簡単に言えば、インターネットでサイトを閲覧する際に、正しく目指すサイトに接続していることを保証する技術」と説明する。これが保証されなければ、ユーザーは偽サイトに誘導されても気がつかず、フィッシング詐欺などの被害に遭いかねない。なにより、ドメインとサイトは一致するというインターネットの大前提が崩れることになる。

 通常のフィッシング詐欺は、企業サイトなどに不正侵入してデータを書き換える手口が多く、個々のシステムのセキュリティーを強化すれば防ぐことができる。しかし、08年7月にセキュリティー研究者のダン・カミンスキー氏が行った発表によって、DNSそのものに通常のセキュリティー対策が及ばない根本的な問題があることが明らかになった。

DNSのすきを突く「毒入れ」攻撃

 DNSは、インターネットで通信する際に機器1つひとつに割り振られたIPアドレスを人間が記憶しやすい名前に変換するための仕組みだ。例えば、自宅のパソコンのブラウザーで「http://www.nikkei.com」と入力してサイトを閲覧できるのは、アルファベットの意味の固まりとして表示されたドメインを、数字で構成された接続先の機器のIPアドレス(例http://123.XX.45.189)に変換しているからである。

 この変換作業を主に引き受けているのが、インターネット接続事業者(ISP)やサイト運営企業などが設置しているキャッシュDNSサーバーだ。キャッシュサーバーは、サイトなどのコンテンツがある「コンテンツサーバー」に対しIPアドレスの情報を問い合わせて、1つひとつのドメイン名と対応するIPアドレスを取得する作業を常に繰り返している。

 インターネット上のコンテンツサーバーは階層に分かれており、これを順にたどることで対象となるIPアドレスを絞り込んでいく。ただ、多くの人が頻繁に利用するサイトについてはキャッシュサーバーが一定期間データを保持(キャッシュ)し、利用者にIPアドレス情報を効率的に伝えている。

 「しかし、キャッシュサーバーのIPアドレスは外部から簡単に書き換えられる」――。カミンスキー氏が明らかにしたのが、DNSの仕組みのすきを突いた「DNSキャッシュポイズニング(毒入れ)」と呼ぶ攻撃手法だ。専門家の間では、発見者の名を取って「カミンスキー攻撃」とも呼ばれている。

「無視できないレベルのリスク」

 キャッシュサーバーはコンテンツサーバーからIPアドレス情報を得ている。ところが、キャッシュサーバーがIPアドレスを確認中に、特定のサーバーを騙(かた)る偽のIPアドレス情報を大量に送りつけると「キャッシュサーバー内のIPアドレスが書き換えられてしまう可能性がある」(JPRSの米谷主任研究員)という。

 DNSはもともと、サーバー同士が直接電話をするように1対1の関係で情報をやりとりしていない。乱暴な言い方をすれば「一方的に情報は送りっぱなし」(NTTコミュニケーションズの大島治彦・IPテクノロジー部担当課長)で、誰から送られてきたかの保証はない。キャッシュサーバーとコンテンツサーバーがやり取りしている間に「情報をすり替えられても利用者には分からない」(大島課長)わけだ。

 DNSキャッシュポイズニングはこれまでもいくつかの手法があり、90年代からセキュリティー強化の対策が講じられてきた。しかし、カミンスキー氏が発見した攻撃方法は、システムのバージョンアップなどの対症療法では解決が難しいとされる。今のところ具体的な被害は明らかになっていないが、専門家の間では「無視できないレベルのリスク」(JPRSの米谷氏)との問題意識が高まり、DNSSECという抜本対策が取られることになった。

電子署名で通信の相手を証明

 「DNSSECを導入するとCPUやメモリーの負荷が上がります」。8日の技術者向け会議でJPRSの民田氏が主に説明すると、会場からはデータの根拠や詳細について質問が相次いだ。DNSSECはサーバーに負荷がかかる。それは、やりとりする情報1つひとつに暗号化された「電子署名」を付けて、本物であることを証明するという手間のかかる対策だからだ。

 キャッシュサーバーがコンテンツサーバーにIPアドレスを問い合わせると、コンテンツサーバーは電子署名付きのIPアドレスを返答する。キャッシュサーバーはそれがあらかじめ登録された電子署名と一致するかを確認する。正しい場合のみ、ユーザーにIPアドレスを返答する。

 コンテンツサーバー側はドメインごとに固有の電子署名を登録する。仮に偽のIPアドレスを送り込まれても、電子署名でチェックすれば見分けがつく。ただし、この仕組みが完全に機能するには、インターネット上にあるコンテンツサーバーとキャッシュサーバーのすべてがDNSSECに対応することが前提となる。

NTTコム、来年度前半にも導入

 まずインターネットの最上位にあるサーバー群が対応することで、今後は金融機関、電子商取引(EC)サイト、ISPなどにDNSSECが徐々に普及するとの見方が多い。金融機関やECサイトは個人情報やパスワードを盗むフィッシングの標的になりやすく、顧客が被害に遭うリスクが高い。また、多くのユーザーがキャッシュサーバーを使うISPも安全性を早期に確保する必要があり、「いずれは導入する方針」(大手ISP広報)との声が多い。

 NTTコミュニケーションズは昨年末から仮想のDNSSEC環境を構築し、サーバーやネットワーク、周辺機器などへの影響を検証している。11年度前半にもDNSSECを導入する計画で「早期の対応で安全性の高さなどをアピールしたい」(大島課長)という。

 JPRSは、早ければ年内を目標に電子署名の登録を開始し、DNSSEC対応の環境を整える。今後は中小ISPや企業のシステム担当者向けに必要な手続きや機器の要件をまとめたガイドラインを作成するなど、一般企業にも啓発活動を広げる方針だ。

業界の枠超えた取り組みを

 もっとも、現時点でNTTコミュニケーションズのように具体的な導入計画を決めている企業は少数派とみられる。サーバー増強が必要な場合もあり、大手ISPやホスティング事業者のなかにも、「具体的な時期や内容は決めていない」というところが少なくない。

 システム開発会社インテック(東京・江東)の金平剛氏は「拙速な導入は逆に危険」と指摘する。DNSはインターネットの根幹となる技術であり、障害が起きた場合にメール送受信やサイトの閲覧など「一般の利用に大きな影響を与える可能性がある」ためだ。

 企業向けのセキュリティーなどを手掛けるKLab(東京・港)の仙石浩明取締役CTO(最高技術責任者)は、DNSSECの効果を認めたうえで「セキュリティー対策はいたちごっこで完全な技術はない。技術を採用するかは最終的には企業や技術者の判断になる」と話す。

 DNSSECに未対応のままでも、キャッシュサーバーやコンテンツサーバーの運用は従来どおり続けられる。しかし、その間はインターネット全体が潜在的な危険にさらされ続けることになる。目に見えにくい脅威なだけに、一般ユーザーへの情報公開や運用ノウハウの共有など業界の枠を超えた取り組みが欠かせない。

(電子報道部 長岡良幸)


このページを閉じる

本サービスに関する知的財産権その他一切の権利は、日本経済新聞社またはその情報提供者に帰属します。また、本サービスに掲載の記事・写真等の無断複製・転載を禁じます。