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医学研究は関東より関西が進んでるのか

2012/8/11 6:30
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

 「医学分野の研究では関西が日本をリードしているからね」。取材先の研究者の指摘に記者は興味を持った。確かにiPS細胞の研究で有名な山中伸弥教授は京都大学を拠点にしているし、6月に初の幼児脳死移植が実施されたのは大阪大病院だった。ほかにも思いつく例はあり、あながち根拠のない話ではなさそう。医学研究の「西高東低」は本当か、探ってみた。

 医学研究で功績のあった人物に与えられる世界的な賞の受賞実績を調べた。それだけが評価の決め手ではないが、物差しにはなると考えた。

 最も権威があるとされるノーベル生理学・医学賞を受賞したのは利根川進氏。1987年の受賞時は米マサチューセッツ工科大教授だったが、卒業は京都大理学部だ。ただ日本人受賞者は同氏1人だけで、比較の手掛かりにはならない。

 そこで医学界では有名な米国の「ラスカー賞」、イスラエルの「ウルフ賞医学部門」、カナダの「ガードナー国際賞」に対象を広げた。これらはノーベル賞の登竜門とされ、後にノーベル賞を受賞した人も多い。

◇            ◇

 3賞受賞は延べ18人いて、出身大学別で1位は京大の8人。大阪大と神戸大の3人が続き、東大の2人を上回る。特にウルフ賞(3人)は関西勢が独占。3賞すべてを受賞したのは神戸大出身の山中氏と、京大出身で神戸大学長を務めた西塚泰美氏(故人)の2人だ。

 米調査会社トムソン・ロイターのノーベル賞受賞者予測も調べてみた。学術論文の引用件数などを基に独自に受賞候補者を選び、2002年の公表以来、世界で162人の研究者の名前を挙げている。このうち26人が受賞の栄誉に浴した。候補になった日本人は13人。生理学・医学は4人で、うち3人が関西の大学出身だ。東大出身者の多い物理、化学、経済学分野との違いが目立つ。

 これらで医学の「西高東低」は裏付けられたとみていい。理由を聞きに先端医療振興財団(神戸市)の井村裕夫理事長を訪ねた。同氏は京大医学部長、総長、政府の総合科学技術会議(議長は首相)の議員を務めた経験がある。

 「政府のお膝元にある東大と、距離のあった京大。その差が大きかった」。井村理事長は説明してくれた。近代国家への脱皮を目指して設立された東大は研究者も政府の仕事を兼務し、多忙だった。一方、京大は東京から離れていたおかげで研究に専念できたというわけだ。

 では、なぜ医学分野が際立って強いのか。もう一度聞くと、井村理事長は「ビッグサイエンス」「スモールサイエンス」というキーワードを挙げた。

 ビッグサイエンスとは、多額の資金がかかる研究分野のこと。「ヒッグス粒子」の解明に大型の加速器を必要とした物理学などがあたる。これに比べ医学は割に予算が少なくて済むスモールサイエンス。官僚や政治家との接点が多い東大は研究予算獲得の面で有利とされ、実際に研究費が最も潤沢だ。ハンディを背負った関西勢はお金のかからない分野で勝負しようと意気込み、医学系の研究活動が盛んになったと分析する。

◇            ◇

日本の近代医学の祖とされる緒方洪庵(写真右)が開いた適塾(同上)には優秀な人材が集まった=大阪市中央区

日本の近代医学の祖とされる緒方洪庵(写真右)が開いた適塾(同上)には優秀な人材が集まった=大阪市中央区

 日本の近代医学の祖とされる緒方洪庵が江戸時代の大阪に「適塾」を開いた点も見逃せない。当時は天然痘やコレラなど感染症の予防が重要課題だった。その系譜を継いだのが大阪大医学部。ウイルスなど外敵から体を守る免疫学にいち早く取り組み、今では世界的な研究拠点として名高い。

 適塾には最新の学問である蘭学の習得を志す人材が集まった。「新しい学問、優秀な人材を受け入れる器の大きさは今に続く」(平野俊夫総長)。年功序列にこだわらず、他大で「教授には若すぎる」とされた臓器移植の専門家を抜てきした実績もある。同じ構図は京大にもあり、50年代には阪大出身で「外様」の早石修氏が教授に就任する異例の人事を断行。後に医学部長になった早石氏は多くの弟子を育て、前出の西塚氏らを輩出した。

 ノーベル賞受賞者の発表は例年10月で、生理学・医学賞が先陣を切る。25年ぶりの日本人受賞者が関西から出るか、今から楽しみだ。

(大阪経済部 新井重徳)

[日本経済新聞大阪夕刊いまドキ関西2012年8月8日付]


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