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ベンチャーブーム、世界に再来 イベントも火付け役
編集委員 関口和一

2014/7/17 7:00
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

 スマートフォン(スマホ)やクラウド技術などの広がりで、日本で再びベンチャーブームが起きている。昨年の新規上場は54社と2007年以来の高水準。米アップルや米グーグルのサイトにアプリを公開すれば、世界市場に進出できるとあって、特にモバイルやゲーム関連のベンチャーの動きが活発だ。そうした需要をにらみ、新興企業や投資家向けの会議やイベントも増えている。

■中国の熱気、米国にも波及

GMIC東京で挨拶するGWC東京の夏野剛代表

GMIC東京で挨拶するGWC東京の夏野剛代表

 「日本が携帯分野で培ってきた知見と中国の巨大市場、それに米国のイノベーション力を合わせれば、再び大きな変革が促せる」――。7月11日、東京・渋谷で開かれた携帯分野の国際会議「GMIC(グローバル・モバイル・インターネット・カンファレンス)東京2014」で、こう語ったのは主催者の日本代表を務める夏野剛氏だ。かつてNTTドコモで「iモード」の旗振り役を務めた夏野氏だが、「ガラケー時代からスマホ時代に移行したことで、世界の携帯市場はひとつになった」と強調。日本のベンチャー起業家にも世界へ目を向けるよう呼びかけた。

 GMIC東京を主催したのは中国のベンチャー企業経営者らで構成する「GWC」。第1回会議は08年に北京で開催された。GWCは「グレート・ウォール・クラブ(長城会)」の頭文字で、その最高経営責任者(CEO)を務める文厨(ウェン・チュー)氏は「もともとは中国から始まったベンチャー経営者の集いだが、国際展開を進めるため、英語のGWCを使うことにした」と話す。

GMIC東京を主催した中国GWCの文厨(ウェン・チュー)CEO

GMIC東京を主催した中国GWCの文厨(ウェン・チュー)CEO

 実際、12年秋には米シリコンバレーでも「GMICシリコンバレー」を開催。2年目の昨年秋の会議には1万人以上が参加した。米国には米企業主催の様々なイベントや会議があるが、「中国企業が主催するイベントにこれだけ多くの人が集まったのは驚きだ」(文厨氏)という。9月にはインドのバンガロールでも開催する予定だ。お膝元の北京の会議は当初200人でスタートしたが、今年5月の会議には2万人以上が訪れたという。

 実は似たような現象はフィンランドのヘルシンキでも起きている。現地の有志起業家らが08年に始めたベンチャー起業家の祭典「スラッシュ」だ。こちらも当初200人で始めたが、昨年11月の会議には世界から約6000人が参加した。フィンランドは世界の携帯端末市場の4割を握ったノキアで有名だが、同社はスマホブームに乗り遅れてしまう。スラッシュは「雪解けのぬかるみ」という意味で、そうした困難な状況を一変させようと始めたのがこのイベントで、フィンランドに一大ベンチャーブームを巻き起こす大きなきっかけとなった。

 では、こうした会議がなぜ08年に欧州とアジアでほぼ同時に始まったのか。金融業界では同年はリーマン・ショックが起きた不幸な年として記録されているが、実はIT市場では新たな技術革新が起きた歴史的な年だった。アップルのスマホ「iPhone3G」が登場、世界共通の第3世代携帯電話規格に対応し、携帯端末で高速データ通信ができるようになった。その発売1カ月前にドコモを辞め、アップルの信奉者に回った夏野氏は「08年はグローバルなスマホ市場が誕生する記念すべき年だった」と振り返る。

2013年11月にヘルシンキで開かれた「スラッシュ」

2013年11月にヘルシンキで開かれた「スラッシュ」

 そうした技術革新を受け、日本でも08年以降、ITやベンチャー関連の新しい国際会議やイベントが次々と立ち上がっている。

 楽天の三木谷浩史社長がIT系ベンチャー経営者を募って始めた「新経済連盟」が主催する「新経済サミット」もそのひとつ。薬のネット販売やビッグデータ分析に向けた情報の利活用など、スマホやクラウド時代に合致した法制度や行政のあり方を提言。昨年春に開かれた第1回会議には安倍晋三首相も会場を訪れた。

■日本でも国際会議やイベント続々

 こうしたデジタル時代に対応した法制度や言論の自由などを訴える組織としては、米国で1990年に活動を始めた起業家たちの集まり「エレクトロニック・フロンティア・ファウンデーション(EFF)」が有名だ。表計算ソフトの米ロータス・ディベロップメントを創業したミッチー・ケイパー氏らが発起人となり、米国の知的財産戦略やインターネット戦略などに大きな発言力を持った。

 EFFの会合は仕事が終わった金曜日の夕方などに米西海岸で開かれる。シリコンバレーの強みは、こうした経営者や技術者同士の非公式な交流にある。サンフランシスコ北部に本社を置く米技術出版社、オライリー・メディアのティム・オライリー創業者兼CEOが04年に始めた「Web2.0カンファレンス(後にWeb2.0サミットに改称)」も、ITバブル崩壊後のネット業界が苦しい時に、クラウドや広告モデルでベンチャー企業を再生させる大きなきっかけを作った。04年はグーグルが上場した年でもあり、ネット市場に再び光があたる転換点になった年でもある。

 米国の「PCフォーラム」の欧州版といえる「ETRE(欧州技術ラウンド見本市)」を長年運営してきた米DASAR社のアレックス・ビューCEOが米ベンチャー経営誌の「レッドヘリング」を買収し、イベント事業に力を入れ始めたのも04年だ。さらに日本のベンチャーキャピタル会社、インフィニティ・ベンチャー・パートナーズが毎年2回開催している「インフィニティ・ベンチャーズ・サミット(IVS)」の前身、「ニュー・インダストリー・リーダーズ・サミット(NILS)」が始まったのも同じ年である。

日本開催の主なIT・ベンチャー関連のイベント
名 称開始年主催者概  要
・ビットバレー1999ビットバレー・アソシエーション渋谷のネット起業家による集まり。ITバブル崩壊で活動を停止
・IVS2004インフィニティ・ベンチャー・パートナーズグロービスの投資家向け会議「NILS」が前身。京都と札幌で開催
・世界ICTサミット2008日本経済新聞社・総務省1998年に日経新聞が始めた「世界情報通信サミット」が前身
・TEDxTokyo2009米TED米TEDカンファレンスの海外イベントとして東京で毎年開催
・テッククランチ東京2011テッククランチ・ジャパン米IT系メディア「テッククランチ」の日本法人によるベンチャー会議
・アトミコ・オープンオフィス2012英アトミコ無料通話ソフト「スカイプ」の創業者が始めた投資家向けイベント
・新経済サミット2013新経済連盟楽天の三木谷浩史社長が始めた「新経済連盟」主催のイベント
・GMIC東京2014中国GWC(長城会)中国の携帯ソフト起業家らが2008年に始めた国際会議の日本版

安倍首相も参加した2013年の第1回新経済サミット

安倍首相も参加した2013年の第1回新経済サミット

 そう考えると、ITやベンチャー関連の会議やイベントは、いずれも技術のトレンドが大きく変わった時に生まれている。「この会議の歴史は日本におけるインターネットの歴史そのものだ」とIVSを主催する小林雅氏は技術の変遷を振り返る。

 では、日本やアジアでは今後、どんな技術革新が起きていくのだろうか。5月に米国市場に上場した中国チーターモバイルの傳盛(フー・シェン)CEOはGMIC東京で講演し、「今後は中国などアジア生まれの携帯ソフトが世界に広がっていく」と予測する。米国では中国製品に対する警戒心が強いが、その他の海外市場では同社が提供する携帯端末向けのセキュリティーソフトなどが着実に市場を拡大しているからだ。

■安倍政権後押しも、実は物足りない中身

 もう一つ今後期待できる市場が「IoT(インターネット・オブ・シングス)」や「ウエアラブル端末」の分野だ。ソフトウエアやサービスは米国企業が強みを発揮してきたが、「ものづくり技術が重要となるIoTやウエアラブルの時代には、日本や韓国、中国などに大きなチャンスが訪れる」と独メッセ・ベルリンで欧州最大の家電見本市「IFA」を主催するイエンズ・ハイテッカー氏は指摘し、自らも今夏から国際会議を開催する計画だ。

 日本では安倍政権の経済政策「アベノミクス」が掲げる成長戦略を促す方策として、政府もIT分野に大きな期待をかけている。しかし公表された新しい成長戦略を見る限り、130ページある本文の中でIT戦略の部分はわずか4ページしかない。医療分野のIT化などは別なところに書かれているが、政府が掲げる戦略としてはいささか物足りない。

 GWCの文厨CEOやチーターモバイル傳盛CEOは「ITや家電分野で中国が日本を追い上げているが、技術力ではまだまだ日本の方が勝っている」という。その意味では「GMIC東京がそうした日本の技術力を海外に情報発信できる場となることを期待したい」と会議の狙いを語る。しかし、考えてみれば、そうした情報発信は日本の政府や企業経営者自身が自ら力を注ぐべき課題だ。20年の東京五輪に向け、世界の目が日本に向いている今こそ、日本は持てる技術力や様々な知見を、自らの手で世界に知らしめる時である。

海外開催の主なIT・ベンチャー関連のイベント
 名 称開始年主催者概  要
・PCフォーラム1977米EDベンチャーズ米コンパックの投資家らが始めた集まり。2006年で活動を停止
・TEDカンファレンス1984米TED「技術、娯楽、デザイン」の頭文字を冠した会議で、世界に拡大
・ETRE1990米DASAR欧州各地で開催されたIT経営者の集まり。2008年で活動を停止
・D:オールシングスデジタル2003米ダウ・ジョーンズ米ウォール・ストリート・ジャーナルのデジタル特集との連動イベント
・Web2.0サミット2004米オライリー・メディア「Web2.0」を広めた米技術出版社の国際会議。2011年で活動停止
・レッドヘリング2004米レッドヘリング1993年発刊の米ベンチャー経営誌が新体制で始めた連動イベント
・スラッシュ2008フィンランド有志起業家ノキアの業績不振で退社した技術者らが始めた起業家の祭典
・IFA+サミット2014独メッセ・ベルリン欧州最大の家電見本市に併設する形で今夏から始まる国際会議


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