1970年代、小学生の間では、カップヌードルを食べたことがあるというだけでヒーローになれた。京都での大学生時代によく通ったラーメン店のいくつかは、いつしか全国展開をはじめ、最近ではロードサイドでもよく目にする。マンガ『闇金ウシジマくん』では、せっぱつまって強盗に手を染めた「ヤンキーくん」が、犯行の直前、奪った金で「ラーメン屋を始めよう!」と唐突に呟(つぶ)いている。
妙に脳裏にひっかかっていた、ラーメンにまつわるさまざまな事柄や疑問が、この本を読み進むうちに腑(ふ)に落ちていく。たとえば、戦後アメリカから大量に小麦がもたらされた際、インスタントラーメンの開発者は大阪に本拠を置きながら、なぜうどんへと向かわなかったのか? それは彼が台湾を出自としていたからだ、といたって明快。どうしてラーメン店主は作務衣(さむえ)や筆文字など和風の意匠を好むのか、ご当地ラーメンが雨後の筍(たけのこ)のように登場したのはなぜか、ラーメン博物館が1958年(昭和33年)の風景を再現しようとする理由は……これらの歴史的背景がきれいに説明されていく。
だがこうした手際のよい通史が描かれると、今度はそこからこぼれ落ちるものが気になってくる。以前、民放草創期のテレビCMを集中的にみる機会に恵まれたが、60年代初頭の日清チキンラーメンのCMには、OLたち(当時はBG)が職場でのオヤツにとか、団地で主婦たちがラーメン・パーティをとか、現在の常識からすればかなり無理なものも多かった。今日のラーメンのあり方も、さまざまな試行錯誤の繰り返しの結果であり、何も一本道の進化を遂げてきたわけではないのである。
と、このように本書はさまざまな思考を誘発・喚起してくれる。今後、食の文化研究(カルチュラル・スタディーズ)が進むことを期待したい。有名な「マクドナルド化」の議論にしても、テリヤキバーガーなどを例に引きながら、グローバル化とローカル化の相克を指摘する研究もある。中華料理であったはずのラーメンが、なぜ「和(ナショナリズム)」と節合されたのか。その問いは、日本の戦後社会、とりわけ平成とは何かを問い直す作業へと繋(つな)がるであろう。
(社会学者 難波功士)
[日本経済新聞朝刊2011年12月4日付]