「5時ごろ着くっていったのに、まだ来ないのよ。どうしたのかしら」
夜の7時過ぎに実家から電話がかかってきました。3時ごろに今日はバイト先からおばあちゃんの家に遊びに行ってもいいかなと次男が電話をかけたらしいのです。何時ごろ行くかは、バイトの終わり具合によると言っていったん電話を切り、後からかけ直してきて、5時ごろならいけそうだと言っていたのにどうしたのかしら、と母。
でも息子は夏期講習の真っ最中。アルバイトはしていません。それに、夕飯は家で食べるようなことを言っていたし……。どうも、母の話は息子の状況と合致しません。母は次男からの電話だと思い込んでいるようですが、なんだか話が変です。
「あの子、名乗った?」。母にそう確認すると「おばあちゃん? ボクだよ」って言ったわ。
「名前は言わなかったの?」「私が聞いたら、うんそうだよっていったわ」
ピンと来ました! それは、おれおれ詐欺の電話でしょう。
母にそういうと「そんなことはないでしょ、だって、家に来るっていったのよ。お金の話なんて、一言もしなかったわよ」。そこまで言って、母が「でも、そういえば……」。「なあに?」と私がたたみかけると、相手は何度も「おばあちゃん一人?」と聞いたというのです。「おじいちゃんもいるわよ。今日の夕方は、おじちゃんもいるわよって答えたの。なのに、2度目にかけてきたときも、やっぱり、おばあちゃん、一人?っていうのよ。今思えば確かに変ね、そんなこと聞くの」
ということは母が一人だと答えたら、相手はやってきたのかもしれません。ひょっとすると相手は実家の電話番号と住所を知っていて電話をしてきたのかも……。そう考えたら鳥肌が立ちました。とにかく、絶対に次男ではありません。「次男の授業が終わったら、本人から携帯電話を入れさせるから。携帯電話で名前を確認してから電話に出てね」。そういって電話を切りました。
帰宅後事情を話すと、次男はびっくり仰天。自分の知らないところで、自分になりすました(といっても、正確には母が思い込んだだけですが)誰かにおばあちゃんがだまされそうになるなんて、気持ち悪い話だなぁ、と息子。早速実家に電話をして「ごめんね、迷惑をかけて」と謝っていました。いや、あなたが悪いわけじゃないでしょ。電話を聞きながらそう思いましたが、全く悪くない人が、ある日、詐欺の原因になっちゃうあたりが困ったものだと改めて思った出来事でした。
取りあえず、わが家の被害は、母が息子に作ってくれた夕飯だけ。息子は「ご飯はもったいないけど、それだけでよかったよ。ボクだと思ってお金振り込まれたら、ショックだよ」。確かにその通りです。
法律事務所に勤める友人にその話をしたら、最近は自宅まで現金を取りに来る詐欺も少なくないのだということでした。弁護士だと名乗る人が代理でお金を預かるといって、玄関口までやってくることもあるんだそうです。
会話を通じて、母は相手に男の子の孫がいることや、バイトをしていそうな年齢だということを、認めてしまったようなものですから、今後また電話がかかってこないとは限りません。そういう時に備えて、どこから電話がかかってきたか、名前が表示されるようにすればいいんでしょうけれど、老夫婦ふたりでは、電話会社に依頼してやってもらうのは、なかなか大変そうです。そこで、当面は、わが家からの電話は携帯電話に限定することにしました。これなら、携帯に発信者の名前が表示されますから、母は誰からの電話か、文字で確かめてから出られます。
心配した子どもたちが、以前よりまめに実家に電話を入れるようになったのは、思わぬ副産物ではありましたが、住所や電話番号というのは、思った以上に第三者に知れ渡っていて、今にも玄関先にやってくるかもしれないところで、私たちは生活しているんだと、認識を新たにした出来事でした。
(ナチュラルライフ研究家 佐光紀子)
「シンプル家事」や季節感のある食卓など、子どもと一緒に体験したい暮らしの工夫や、親子のコミュニケーションについてつづります。
筆者紹介
佐光紀子(さこう・のりこ)=翻訳家・ナチュラルライフ研究家。日本の暮らしに合った、無理のないエコライフを提案している。著書に「男の掃除」(日経BP)「重曹大事典」(ブロンズ新社)など。1961年生まれ。メーカー、証券勤務を経て現職。東京在住。家族は大学生の長男と高校を卒業した次男、中学生の長女と夫。
おれおれ詐欺