透析・腎臓移植と20年余り、今の趣味があったことが自分にとって励みになったのは間違いありません。その趣味とはボウリング。この趣味が活力になり、仕事も頑張ってこられたと思います。
ボウリングとの出合いは、自分が小学校4年生でブームが来た時です。父が、あるボウリング場のクラブチームの理事をやっていたこともあり、連れて行かれることが多く、その時に父の投げている姿を見て興味を持ち、教わりました。
学生のころは遊び程度でしたが、学校を卒業して働き始めたころから本格的にボウリング場のクラブに入り、リーグ戦に参加し始めました。自分が所属したクラブチームは毎週火曜日に午後9時からゲームをスタートすることもあり、仕事に支障なく参加することができたのです。
ある時父に、「透析をしながらの試合は体力的に負担がかかるからやめた方がいいのでは」と言われた時には、「ボウリングができるから仕事が頑張れるんだ。だから続けさせてほしい」と言ったことがありました。実際、透析をしている時のボウリングは体力的に結構負担がかかっていましたが、そんないきさつもあり、試合の次の日は気持ちで仕事をしていました。
ボウリングをしている時は健康な人たちに交じり、試合をし、勝負をしてます。そんな時が自分の中では病気であることを考えなくていい唯一の時間でした。同時に、仕事をする仲間との良いコミュニケーションの機会にもなっています。
ボウリングは一度ぐらい友達と遊んだり、子供のころに家族と楽しんだり、と誰でも経験があり、手軽にできるスポーツだったからかもしれません。会社では仲間に自分がボウリングをしている話をすると、「会社帰りに一緒にやろう」という話が必ず出て、一緒に楽しめました。
一緒に楽しんだ後は、会社の同僚らは私のうまさに感心し、ボウリングに関して一目置いてくれるようになりました。
このことが幸いしているかは分かりませんが、移植者スポーツ大会に参加した際には長い休暇を取ることが必要でしたが、快く送り出してもらいました。世界大会で優勝し帰国した際には、同僚が祝賀会を開催してくれ、とても良い思い出になりました。
また毎週火曜日にボウリングをしていることが会社の皆に浸透し、残業をしていると『今日はボウリングの日じゃないの?』などと気にかけてくれるようになりました。
今の会社では定期的に大会を開き、その後に飲み会をすることがレクリエーションとなっており、会社の仲間との一体感づくりに役立っています。自分の趣味が仲間に浸透して認知され、会社内のコミュニケーションに役立っていることはうれしいものです。
透析をしていた時に比べ、移植してからは体力も上向きました。今後も会社の仲間とボウリングを通じて有意義な時間を過ごしたいと考えています。
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野口明吉(のぐち・あきよし) 1958年生まれ。父の会社で働いていた81年、腎臓病が判明。7年間の透析治療を経て97年に腎臓移植。その後2度の転職を経て、現在はNTTコムウェア・ビリングソリューション勤務。趣味のボウリングでは世界移植者スポーツ大会で2001、03、05年の3回優勝。
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「患者は働く」は、病気やその後遺症と折り合いをつけながら働き続ける姿を紹介するコラムです。本人にとっての働く意味やその上での工夫、周囲の配慮などについて、乳がん、クローン病、脳卒中、腎臓移植、適応障害の5人の筆者が毎週リレー形式でつづります。
腎臓移植、透析