海外との情報処理システム企画という新たな挑戦は周りの協力もあり、着実に進みました。日本の自動車業界ではこのころから海外工場への生産シフトと輸出の多拠点化が本格化し、新システム導入も進みました。さらに2000年からは老朽化したシステムの刷新も動き出し、私自身のキャリアも佳境を迎えつつありました。
体調も前回の入院以来何とか10年間入院もなくコントロールしてきました。毎日の経管栄養(たまにサボりますが)に絶食から軽い食事まで、体調に応じた5段階の食事制限と毎月の診察の繰り返しを愚直なまでに続けられたのは、仕事と家族への責任感と、周囲の温かい理解と協力あってのことでした。
どんな時に「自分はイキイキしている」と感じるかは一人ひとり異なります。大人社会では「食」もQOL(Quality Of Life)の大きな要素ですが、私の場合「食の自由」を望まなければ、ハードな仕事をこなしたり好きなスポーツに打ち込んだりする「行動の自由」を守れます。普通の人にはない究極の選択かもしれません。
QOLを最大限に高めるには手術をして食事制限を軽減するのがベストですが、クローン病の場合は手術後の再発率が非常に高いうえ、術後の経過が悪いと腸が癒着を起こして人工肛門(こうもん)になる例も珍しくなく、最悪の場合「食の自由」も「行動の自由」も同時に失うリスクがあり、10年間ジレンマを抱えていたんです。
度重なる深夜残業やトラブル対応などのストレスか、03年ごろから体調は下降線をたどり、軽いメニューのランチなら食べられたものが、朝と昼は栄養剤だけ、夜もおかゆと焼き魚を少しだけという病院食レベルまで落とさざるを得なくなりました。下腹部は炎症で拳大に腫れ、ベルトを締めるのも辛くなっていました。
そんな最悪の時に管理職に挑戦する機会をいただきました。仕事の成果と、自己管理を徹底して休むことなく勤めてきたことが認められたのはうれしい半面、不安もありました。こんな体なので管理職挑戦など考えてもいませんでした。しかし、引き上げてくれた上司や先輩たちの恩に応えたいとの思いから、自分のありのままをぶつけてみました。05年春、自然体が良かったのか、何とか管理職に昇進できました。これには家族も私もビックリしました。
管理職となると従来以上に責任も重くなります。自分の仕事に加えて部下のやり残しまで抱え、深夜を回ることも常でした。内外の付き合いも増え、飲み会も休みにくくなり、対人的ストレスも大きくなりました。ダメージの蓄積か、今までのやり方では制御できなくなり、リスクを冒してでも手術を選ばざるを得なくなりました。
反抗期で荒れ気味の次男に手を焼き、妻もいっぱいいっぱいなのに私は家ではほとんど寝込んでいる状態。これ以上は家族にまでつらい思いをさせてしまうので腸の部分切除を決意しました。病院から不安な気持ちをメールで伝えると、妻は明るく「早く良くなるといいネ!」と答えてくれ、とても救われました。
栄養状態を改善し万全の状態で臨んだこともあり、経過も良く約1カ月で職場復帰できました。術後に、それまで避けていた食材も「食べていいですよ」と栄養士の方から指導された時は夫婦ともに半信半疑。退院した日の昼に「何が食べたい?」と聞かれて答えに迷いました。「何が食べられる?」と尋ねられることはあっても、「何が食べたい?」なんて考えない習慣がついていたんです。
10年間ほとんど寄り付かなかった社員食堂で同僚とランチをとっている自分に違和感を覚えつつ、06年7月、私とクローン病の付き合いは新たなステージを迎えました。
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篠崎浩治(しのざき・こうじ) 1961年生まれ。85年大手自動車メーカーへ就職。入社7年目に原因不明の難病の1つ「クローン病」と診断される。現在の担当業務は部門内人材育成ならびに標準化推進担当主幹。妻と2男2女の6人家族。趣味は自転車、テニス、スノーボードやスペインサッカーのテレビ(録画)観戦
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「患者は働く」は、病気やその後遺症と折り合いをつけながら働き続ける姿を紹介するコラムです。本人にとっての働く意味やその上での工夫、周囲の配慮などについて、乳がん、クローン病、脳卒中、腎臓移植、適応障害の5人の筆者が毎週リレー形式でつづります。
クローン病
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