「日本人の平均寿命は世界一というが、ウソだ。日本では老後を過ごしたくない」。これは、日本に介護の勉強に来た海外の研修生が、ある療養病院で寝たきりの患者ばかりの大部屋を見て漏らした一言です。
終末期医療の現実は、医療従事者なら誰もが知っていることなのに、大きく語られていません。
例えばおなかの皮膚から胃まで穴をあけてチューブで栄養を補給する「胃瘻(いろう)」。患者は介護施設で1日3回栄養を与えられ、無言のまま時を過ごす。容体が急変し救急車で病院に搬送され、人工呼吸器につながれると今度は療養病院へ。そこでも報酬が下がるため長居はできず頻繁に施設を移る……。
これは決して特殊な例ではなく、私たちの国では、このような「終末期」が何年も続く事態が当然のように起きています。国内では毎年約20万人の高齢者が胃瘻の手術を受けているとされますが、多くのご家族は「自分ならこの状態で延命治療をしてほしくない」と言います。なのになぜ、多くの高齢者に胃瘻が作られるのでしょうか。
それは私たち医師の問題でもあります。「どんな状態でも、あらゆる手を尽くさなければならない」「救命する技術がある以上、行使しないと訴訟になりかねない」。そうした至上命題やリスク回避が、かえって高齢者を苦しめることもあります。患者が早く退院すればベッド回転率と収益が上がる病院や、胃瘻患者の受け入れが高い報酬につながる介護施設などの問題でもあります。
私が3年前に夕張への赴任を志願したのは、夕張では、なるべく胃瘻などを避け、在宅医療や介護施設への往診で高齢者に寄り添い、生活を支えていると聞いたからです。それまでの私は、総合病院で毎日のように胃瘻手術を行い、今思うと「胸の奥の罪悪感」に無意識に目を背けていました。総合病院という特殊な空間で感覚がまひしていたのか、また胃瘻造設術を習得したことに満足し、技術に溺れていたのかもしれません。
夕張では、多くの高齢者の笑顔を見ることができます。高齢化社会で医療に求められることは、病気と「たたかう医療」から、生活を「支える医療」に徐々に重心を移すことではないでしょうか。「支える医療」は医療が必要な高齢者の生活を支え、肺炎や胃がんのワクチン接種など疾病予防活動を通じて元気な方々を支えます。できるだけ救急搬送を減らすことで「たたかう医療」も支えられる。そんな手応えも感じています。
もちろん、積極的な治療の必要と希望があれば総合病院へ迅速に紹介しますが、実際そうしたことはあまり多くありません。ほとんどの方は、自宅など住み慣れた場所で最期まで生活することを望みます。
ある男性は膀胱がんで余命宣告を受け、最後まで妻と一緒に生活したいと自宅に帰りました。私たちが麻薬で痛みをコントロールし、男性は買い物や料理を続け自宅を離れることはありませんでした。最後は遠方の娘や孫たちが交代で看病し、家族に見守られながら静かに旅立たれました。
家族が見せた満足した笑顔は忘れられないものでした。みとりにおいては、残された時間を大切に過ごしてもらうため、命の火が消えゆく状況を家族に説明して、できるだけ理解してもらえるようにしています。
衛生環境の向上と医療の発展で、現代の死は「緩やかな病いと老いの結末」として訪れることが多くなりました。それなのに日本人の8割は病院で亡くなっています。
自宅で最期まで元気に生き、穏やかに死ぬ。その過程を支えることが私たちが目指す医療です。いま若い世代は、祖父母が老いて死に行く姿を目にする機会が減っています。「生老病死」を次世代に見せること、これもおじいちゃん、おばあちゃんが孫たちにできる大きな仕事のひとつなのかもしれません。
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森田洋之(もりた・ひろゆき)1971年生まれ。97年一橋大経済学部を卒業後、2003年宮崎医科大医学部を卒業。宮崎県内の総合病院で初期・後期研修を終え、09年4月から夕張希望の杜夕張市立診療所に医師として勤務。10年には宮崎県延岡市の健康長寿アドバイザーも務め、コンビニ受診に関する調査などを実施。夕張では在宅医療を中心とした地域包括ケアを実践。内科医。
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へき地医療、医師の偏在、医療事故――。「医人たちの挑戦」は、転換期にある日本の医療現場で逆境に立ち向かう人の姿を隔週で紹介するコラムです。医師や患者ら6人の筆者が、それぞれの体験を通して日本の医療の今をつづります。
医療、夕張、在宅医療、胃瘻
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