昔ながらの街並み、近隣の人々が憩う緑地、しゃれた雑貨店、知る人ぞ知るレストランや和菓子店……。遠くに出かけなくても、身近なところに思わぬ発見があるもの。わずか10時間もあれば十分、ちょっと時間ができた時にあなたも出かけてみませんか。「THE NIKKEI MAGAZINE(日経マガジン)」(毎月第3日曜日発行、東京、神奈川、千葉、埼玉の宅配限定)で好評連載中の「10hours pleasure」で訪ねた東京都内や近郊の街を紹介します。
「アイデン&ティティは高円寺のアパートで貧しいながら幸せに暮らしていた」
映画化もしたみうらじゅんの漫画「アイデン&ティティ」で主人公の中島が歌う一コマ。1980年代後半のバンドブームに翻弄(ほんろう)されたロッカーの姿を描いた青春劇だ。物語の舞台で、ロックや若者文化の発信地、高円寺の現在を求めて商店街を歩いた。
「男だったらバーボンを飲め!」。「パパスタミナ、バーボンハウス」「明日の活力、バーボンハウス」・・・。「純情商店街」を歩くと奇妙な商店街放送に耳を奪われた。商店街に流れる「高円寺放送」の広告主はバー「バーボンハウス」店主のバーボンさん(40)で、毎月自作するキャッチコピーは今や高円寺名物だ。効果は絶大で、カップルがクスクス笑いながら歩いていた。
いつの間にか「あづま通りショッピングロード」に。杉並区商店会連合会によれば、高円寺駅周辺には13以上の商店街が密集している。
あづま通りの理髪店「ジプシーウェイ」はパンクファンの泉明美さん(41)が一人でやりくりする千円カットの店だ。「千円札1枚、15分足らずでモヒカンに」と評判のパンクの拠点だが、地元のお婆ちゃんの姿もちらほら。縦ノリのBGMのなかタトゥーを入れた若者とお年寄りが仲良く順番を待っている。
商店街を抜けた環状7号線沿いのビルに「U.W.F.スネークピットジャパン」と書かれたレスリングジムを見つけた。「見学歓迎」の文字におそるおそる入ると、代表の宮戸優光さん(47)が迎えてくれた。日本のプロレスブームを支えた元レスラーのビル・ロビンソンさん(71)をヘッドコーチに迎え、伝統的な欧州のレスリングを伝えてきた。「本場欧州ですら失われてしまった技術を伝える世界で唯一の場所」と胸を張る。
迷い込んだ小路に行列を発見。銭湯「小杉湯」の開店を待つ人たちだ。一日約300人が入浴する人気の銭湯で、経営者の平松茂さん(59)は改装を機にギャラリーを設置し、若いアーティストを応援している。9月には77年周年の記念コンサートが浴場で開かれるという。
小杉湯の正面、レトロな店構えにひかれ「丸長食堂」に入る。亡き母の後を継いだ店主の長弓光一さん(39)のモットーは「若い人が元気になる味を」。ごはんは必ずメガ盛りで某有名ロッカーも売れない時代に通い詰めたという。人気メニューは「鳥バタ定食」680円。バターは使われていない。「元々バターを使っていたんだけど、サラダ油に変えたらそっちの方がおいしくて」と長光さん。