先頃(ごろ)ロシアのスパイ集団がアメリカで逮捕され、彼らの国外退去と引きかえに、ロシアで収監された欧米側スパイが交換釈放されることになった。冷戦の終わりとともに東西スパイ合戦も終息したと思われていたが、水面下では過酷なスパイ戦争が続いていた!
そんなおり、何とも絶妙のタイミングで「フェアウェル」が公開される。本作は、ソ連崩壊の一因となったスパイ事件を生々しく描いているからだ。手堅い演出を積み重ね、重厚なスパイ映画に結実している。
主人公はKGBのグリゴリエフ大佐(エミール・クストリッツァ)。祖国ソ連の政治体制に絶望し、自らの諜報(ちょうほう)機関の極秘情報を西側に流すことを決意する。「フェアウェル(さらば)」とは、西側が彼に与えたコードネームなのである。
情報を流すべくグリゴリエフが選んだ相手はピエール。フランス家電メーカーの技師で、全くの素人だった。だが、グリゴリエフは5年のフランス滞在の経験があり、フランス語とフランス文化に共感をもっていた。何の接点もないはずのグリゴリエフとピエールの間に、しだいに感情の交流が生まれてくる。
2人の感情のきめ細やかな描写が、スパイ活動の過酷で緊迫した現実の再現を支えている。2人の家族愛の点描も効果的だ。スパイとは祖国のために祖国を裏切り、愛する家族に嘘(うそ)をつくことなのである。その身を切るような悲痛な事実を、仏詩人ヴィニーの名作「狼(おおかみ)の死」に託すところに感動させられる。「狼はただ一つの叫びもあげず……」
狼の孤独を演じるクストリッツァ(自身も名監督である)の寡黙な存在感が、真に迫って忘れがたい。
ジョン・ル・カレの小説に匹敵する皮肉なラストも重い衝撃をもたらす。クリスチャン・カリオン監督。1時間53分。
★★★★
(映画評論家 中条省平)
[日本経済新聞夕刊2010年7月23日付]
★★★★★ 今年有数の傑作
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
エミール・クストリッツァ、スパイ、ロシア、KGB、アメリカ、冷戦
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