舞台は第2次世界大戦前後のイギリス、とあるゴージャスな貴族の館で殺人事件が起きる――。設定だけとるなら、まるでアガサ・クリスティーのミステリのようだが、いざ読み進んでいくと、歴史の異なったもうひとつのイギリスが舞台であることが明らかになる。
1941年ナチス第3帝国の副総統ルドルフ・ヘスは、イギリスとの講和をのぞんだが現実には失敗した。が本書では、英独講和条約が成立し、ナチスは敗退せず、数年後、条約締結に寄与したイギリスの権力者たちの中枢部で殺人事件が起きる。語り手は、スコットランドヤード警部補でゲイのカーマイケルと、権力者の娘でユダヤ人と結婚しているルーシー。
同性愛、人種、階級制の諸問題に敏感な視点を導入することにより、民主主義の代表格であるイギリスにありえたかもしれないファシズムの種が暴き出されていく。突飛(とっぴ)な「歴史改変」は登場しないが、現実とスレスレのところで丹念に書き込まれていく華やかな群像劇は、あたかも現代の政治的危機を暗に指し示しているかのようでスリル満点。リーダビリティも高く、3部作完結が待たれる。茂木健訳。
★★★★
(ファンタジー評論家 小谷真理)
[日本経済新聞夕刊2010年7月28日付]
★★★★★ これを読まなくては損をする
★★★★☆ 読みごたえたっぷり、お薦め
★★★☆☆ 読みごたえあり
★★☆☆☆ 価格の価値はあり
★☆☆☆☆ 話題作だが、ピンとこなかった
ジョー・ウォルトン、イギリス、英雄たちの朝、小谷真理