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(たかだ・まさこ)1959年岐阜県生まれ。東京大文学部卒。主婦で2女の母。俳句結社「藍生」所属
7月24日付夕刊引用句の作者、西村和子さんは昭和23年(1948年)生まれの団塊の世代。横浜に生まれ育った生粋の浜っ子です。ご夫君の転勤に伴い、昭和62年(87年)からの14年を大阪で過ごされました。「藍浴衣」の句はその折に出来た句です。
私は平成2年(90年)に大阪へ移りましたが、西村さんとはその年の夏、初めてお会いしました。私の転居を聞きつけた知人が、それならば西村さんに連絡をとりなさい、と親切に電話番号まで教えてくれたのです。
なにしろ人見知りで引っ込み思案な(?)私のこと、お目にかかることは無かろうと思っていましたが、勇気をふるって電話をし、次の吟行のときにご一緒させていただく約束までとりつけたのには、我ながらびっくり。まだ子どものいない身軽さもあったと思います。
知る人のいない関西へ来た当初の心細さ、それでもたちまち俳句の縁で仲間のできてしまうありがたさ。私自身が身をもって知ったそれらを、西村さんも経験なさったに違いありません。
大阪の灯の生き生きと春ショール 「かりそめならず」
この町に生くべく日傘購ひにけり
大阪の暑に試さるる思ひかな
大阪に慣れて淋(さび)しき冬帽子
第1句は、JR大阪駅から阪急梅田駅へ行く歩道橋から見た灯の印象。今もそこを歩くと、初めて大阪に着いた夜を思い出されるそうです。
第2、3句。大阪の暑さには、心底往生されていたようです。私は暑いと元気になるタイプのようで、この暑いのに元気ねえ、とよく言われました。
第4句は平成2年作。初めてお目にかかったときの西村さんは、大阪弁を使わない大阪人のようでした。すっかりなじんで楽しそうになさっていましたが、同時に慣れたがゆえの淋しさを感じていらしたのです。
「藍浴衣」の句も同じく平成2年作。「藍浴衣という季題によって、女盛りの感慨だということが察せられる」と師・清崎敏郎が評しています。
西村さんは、新しい土地、人との出会いを通して、ご自身の感性を深めていかれたのでした。
私もまた、西村さんにお目にかかったことで、子どもを育てながら俳句を続けてゆくヒントを得ました。西村さんはご自身の経験から、子どもが生まれたら子どもの句を詠みなさい、吟行会へも子どもを連れていらっしゃい、とおっしゃるだけでなく誘ってくださったのです。
これほどの日除(ひよけ)で足りてベビーカー
平成4年(92年)夏、折りたたみのできるベビーカーで出られるようになったので、思い切って吟行に参加しました。この句は句集に収められていません。ご本人のほかには、私だけが空で言える宝の1句です。
(高田 正子)
「初めての俳句・短歌」では、日本経済新聞土曜夕刊の連載「耳を澄まして あの歌この句」(社会面)に連動して、毎回、季節に合った写真に短歌や俳句を添えます。歌人の大辻隆弘さんと、俳人の高田正子さんが歌や句の背景、技法についてわかりやすく解説します。
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