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(おおつじ・たかひろ)1960年三重県生まれ。龍谷大大学院文学研究科修了。現代歌人協会会員。三重県立松阪高校教諭
今回の「耳を澄まして」では、内藤明(1954-)の牡蠣鍋の歌を取り上げました。内藤は、武川忠一の「音」で編集運営委員を務めています。また、万葉集の研究家であり、早稲田大学の教授でもあります。しかし、彼の歌には高尚ぶったところはありません。淡々と実感をしみじみと歌うのが得意な歌人なのです。
内藤にはお酒や食べ物を歌った歌が多くあります。どの歌にもしみじみとした実感が籠もっています。
内ふかく春の潮を含みたる大はまぐりを一口に食ふ
貝の美味しさは、その身に含まれている潮の香りや味が原因なのでしょう。焼き網の上で口を開いた大きなハマグリ。それを口の中に入れる。すると、口のなかいっぱいにしょぱさが広がる。それは、早春の海の潮の香りそのものです。この歌は、ハマグリを口に入れた瞬間のそんな快感をストレートに歌っています。
あれがそのあれなんだなと言ふ声す一人酒宴のわが声ならむ
内藤は酒豪です。この歌も、ひとり杯を傾けて酒を飲んでいるときの歌なのでしょう。酔っ払ってくると、人間は固有名詞を忘れがちです。「あれ」とか、「その」とか、あいまいな指示代名詞が多く口から出てきます。作者は、酒を飲みながら、「ほら、あれが、その…あれなんだよな」という自分の言葉を耳にしたのでしょう。自分の声であるにもかかわらず「わが声ならむ」(私の声であろうか)と言っているところに、へべれけになってご機嫌な作者の自画像があるのでしょう。
溜息がドアより漏れしとS教授部屋に入り来て饅頭を置く
作者は大学教授ですから自分の研究室を持っています。彼はそこで大きなため息をついたのでしょう。その声を部屋の外で聞いた同僚の教授が、「内藤さん、いま溜息をついたんじゃない」と言いながら部屋に入ってきて、さりげなく机に饅頭を置いてくれた……。この歌は、そんなさりげない人間の触れ合いを「饅頭」という食べ物を使ってユーモラスに捉えた歌です。
内藤の歌には、人生を楽しんでいるような余裕が感じられます。彼が歌う酒や食物が、実においしそうに感じられるのは、その余裕のせいなのかもしれません。
(大辻 隆弘)
「初めての俳句・短歌」では、日本経済新聞土曜夕刊の連載「耳を澄まして あの歌この句」(社会面)に連動して、毎回、季節に合った写真に短歌や俳句を添えます。歌人の大辻隆弘さんと、俳人の高田正子さんが歌や句の背景、技法についてわかりやすく解説します。
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