何が正義か。市民一人ひとりが自らの道徳に照らして考え、語ること。それが混迷する社会を希望に導くと、米国の政治哲学者、マイケル・サンデル氏は語る。
今日、公の場で真剣に「正義」について議論をしたいという人々の渇望、飢餓感が深まっている。それは社会において、人々が不正義を感じている表れだろう。
米国の例では、リーマン・ショック後の金融危機の際、破綻した大銀行のために多額の納税者のお金が使われた。その税金からボーナスをもらう役員までいた。このことは国民の間に、不正がまかり通っているという強い感情、道徳的な怒りを広げた。政策的には必要な対処だったと考えている人々にさえもだ。
もう一つの背景は、日本でも起きつつある格差、貧富の差の拡大だ。不平等の増大が正義、あるいは正しい社会とは何かという重要な問題を提起し始めている。
■こうした時代、政治に求められるのは何が善良な生活かを論じる姿勢だと教授は主張する。
今、民主主義をより深め、強化したいと願うのであれば、貧困や不平等が、なぜ道徳的にいけないのか、公の場で熟議を行うべきだ。
市場原理主義的な傾向が強まった過去30年は、生きる価値や正義、社会の共通善といった真の政治的議論が、経済的議論に押しやられがちだった。市場は生産的活動を組織し、豊かさを促進するには有益な道具だが、何が正しい社会か、善き社会かは教えてくれない。行きすぎた市場主義を是正するためにも共通善を探らなければならない。
米国のオバマ大統領は就任前から、貧困、人種差別、無保険者と失業者といった問題を解決するには道徳的・宗教的信念が必要だと説いた。道徳的な言説、理想主義を大統領が公の議論に導入したことは、大きな意味を持つと思う。