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福島第1原発の今

福島第1原子力発電所
タービン建屋東側 へ

福島第1原発 汚染水との戦い

水に振り回される東電

凍土遮水壁設置工事現場で現場担当者(右端)から説明を受ける報道陣(8日午後、代表撮影)

水に振り回される東電

そびえる原子炉建屋4号機の影が海に向かって長く伸びる。日中の暑熱がやっと和らぎ始めた午後5時すぎ、赤い掘削機がうなり地下に穴を掘る作業が始まった。これからの季節、東京電力福島第1原子力発電所の戸外作業は午前や夕方の涼しい時間に限られる。防護服を着た作業は過酷だ。

東電は2014年7月8日、福島第1原発を報道陣に公開した。6月に工事が始まった「凍土遮水壁」の作業現場。掘削機が掘る穴には冷凍管を埋め込む。建屋周辺の地下をぐるりと囲む氷の壁だ。周辺の地下にたまる高濃度汚染水が地下水と混じり合って汚染が広がるのを防ぐ。じっと現場を見つめていた東電の担当者は「汚染水対策がようやく本格化する」と感慨深げにつぶやいた。

専門外の「水」を扱うという慣れない作業に、東電は翻弄され続けてきた。爆発で周囲に飛び散った放射性物質は雨水に混じり、一部が太平洋に流れ出た。高濃度汚染水は、ためたタンクのあちこちの隙間から漏れ出した。事故で破壊された原発の解体に手を付ける前に、まず東電は汚染水問題の解決に忙殺されている。

現場を視察した国際原子力機関(IAEA)は汚染水問題に深い憂慮を表明。東電に任せきりにせず、政府を交えた総力戦で国家プロジェクトを完遂しなければならないと助言した。

こうして国が関与することになった汚染水対策の切り札が凍土壁だ。税金約320億円を投じ、このほど着工した。今秋には汚染水を浄化する施設も大量に増設される。福島第1原発の汚染水対策は正念場を迎える。

凍土遮水壁設置工事現場での放射線の線量計(8日午後、代表撮影)

照明が灯る中、凍土遮水壁設置工事が進む(8日午後、代表撮影)

重要免震棟で報道陣の質問に答える東京電力福島第1原発の小野明所長(8日午後、代表撮影)

4号機南側で行われている凍土遮水壁設置工事(8日午後、代表撮影)

凍土壁は「アイスキャンディー1500本」

東京電力提供

凍土壁は「アイスキャンディー1500本」

巨大なアイスキャンディーが原子炉建屋付近の地下をぐるりと取り囲む様子を想像してほしい。1メートルおきに地下30メートルまで差し込む凍結管は全部で1500本、全長は1.5キロ。これだけの規模の氷の壁は世界でも前例がない。年度内には凍結管を埋める工事を終える。来年度には凍結管に冷たい不凍液を流し、周りの土壌をアイスのように固める作業が始まる予定だ。

汚染した区域の地下を氷の壁で囲えば、地下水が外から流入して放射性物質と混じり、新たな汚染水が際限なく増える現状を打開できる。さらに汚染水が海側に流れ出るのを氷の壁で妨ぐ効果も見込む。これが凍土壁の目的だ。

当初は鉄板や粘土で壁を造ることも考えた。だが、原子炉建屋付近の地下にはたくさんの配管やトンネルが走り、中には汚染水で満たされているものもある。そこに鉄板などを打ち込めば汚染が拡大してしまう。配管などを傷つけず土壌を固めるために選んだ手法が凍土壁だ。もともとは水分の多い場所でトンネルなどを掘るための技術。運用期間は2020年度までを想定している。

しかし、凍土壁はここにきて不安材料がでてきた。「なぜ凍らないのか」。東電の関係者は首をひねる。福島第1原子力発電所の原子炉建屋と海の間には、高濃度汚染水がたまる地下坑道(トレンチ)がある。東電は4月からトレンチ内に凍結管を差し込んで汚染水を凍らせる工事を始めた。いわばミニ凍土壁だ。

ところが、2カ月以上たってもトレンチ内にたまった汚染水の一部が凍らない。汚染水が流れ続けているのが原因と考えられ、凍結管を増やす対策などを検討中だ。

前例のない大規模な凍土壁計画には様々な関門が待ち構えている。巨大な「アイスキャンディー」が汚染水対策のカギを握る。

ずらりと並ぶタンク、中に汚染水

ずらりと並ぶタンク、中に汚染水

なぜ福島第1原子力発電所は汚染水問題でこんなにてこずるのか。その最大の理由は、原子炉の真下をとうとうと地下水が流れ続けているという同原発の特殊な立地だ。

事故で溶け落ちた核燃料はまだ原子炉の中に放置されたままで、熱を発し続けている。放置して過熱すれば危険なため、1時間に数トンの水を常に浴びせて冷やしている。この冷却水は放射性物質に触れて汚染水になるが、同じ冷却水(汚染水)を循環しながら使い続けていれば汚染水が増えることはなく、何の問題もなかった。

だが、原子炉建屋は爆発の衝撃で破壊され、ひびが入っている。ここに福島第1原発特有の大量の地下水が押し寄せ、隙間から建物の中に流れ込む。その量は1日に400トン。原子炉を冷やした汚染水に日々地下水が混じり込み、汚染水は毎日400トンずつ増え続けている。

東電は汚染水をためるためのタンクを自転車操業で増設し、止めどなく増える汚染水を片っ端から貯蔵している。しかし、急ごしらえのタンクには不具合が発生。鉄板をボルトでつないで造ったタンクはあちこちで隙間が開き、汚染水が土壌に漏れ出した。

作業ミスも相次いだ。整地が不十分なままタンクを傾けて置いた場所では、誤って汚染水を満タンまで注水し、天板からあふれてしまった。タンク同士をつなぐバルブの開閉を誤り、汚染水が土壌に流出したこともある。

東電はタンクからの汚染水漏洩の見回り強化や作業手順の改善、溶接して造る丈夫なタンクへの置き換えなどの対策を相次ぎ実施。タンクからの漏洩事故はひとまず収まった。だが、敷地内にずらりと並ぶタンクにいつまでも汚染水を保管し続けるわけにはいかない。リスクと隣り合わせだ。

手間取った井戸水の海洋放出

東京電力提供

手間取った井戸水の海洋放出

12番の井戸。東電を悩ませているのがこの番号を割り振られた井戸だ。

原子炉建屋に流れ込む地下水を少しでも減らそうと、東電は建屋の上流側に12本の井戸を掘り、汚染前の井戸水をくみ上げて海に流す「地下水バイパス」を計画した。しかし、風評被害を心配する地元漁業関係団体との協議は難航。海洋放出にあたり、放射性物質濃度の厳しい自主基準を設定することとした。予定より大幅に遅れ、やっと放出にこぎ着けたのは今年5月だった。

12本の井戸のうち、一番南に位置する12番の井戸だけは放射性物質の一種であるトリチウム濃度が高止まりしている。6月30日の計測では、自主基準値の1リットルあたり1500ベクレルを上回る2300ベクレルに達した。昨年に汚染水漏れを起こしたタンクに近く、地下水が汚染されていることが理由とみられている。

もっとも、法令が定めるトリチウム濃度の基準は1リットルあたり6万ベクレル。世界保健機関(WHO)の水質ガイドラインは同1万ベクレル。2300ベクレルという数値ははるかに低く、生態系や健康への影響は極めて限定的と考えられる。ただ、社会の安心を勝ち得て風評被害をぬぐい去るには、科学的なデータだけでは不十分だ。東電や政府には丁寧な説明が求められている。

汚染水の次に立ちはだかる水問題は「トリチウム水」。汚染水は専用の装置を使った浄化が進むが、トリチウムだけは除去し切れず、汚染水は最終的にトリチウム水になる。処理方法が決まっていないため、東電はとりあえずタンクにためて保管し続けることにしている。

海側遮水壁、地下水の流れ乱す?

海側遮水壁、地下水の流れ乱す?

福島第1原子力発電所では今、地下水が不気味な動きを見せている。地下水の上下の流れが逆転している可能性があるのだ。

原子炉建屋の周辺では、地表付近より地下深くの方が水圧が高いため、上部にとどまっている汚染水が下部の層に向かうことはないと東電は説明してきた。しかし、最近の調査で汚染は地下30メートルを超えるような深くまで拡大していることがわかった。「地表に近い層から深部に向けた地下水の流れがある」(東電)

その異常の理由として考えられるのが、福島第1原発の護岸に沿って海の底深くまで打ち込んだ鉄の壁「海側遮水壁」だ。汚染水が地下を通じて海に流れ出るのを防ぐ目的で、東電が設置工事を進めている。最終的には凍土壁と地下で連結し、内部に閉じ込めた汚染水が外に漏れるのを防ぐ役回りを期待されている。

ところが、鉄管を打ち込む工事の過程で地下を掘り起こしたため地層は大きく乱された。この結果、地下水の流れが変わり、東電が想定していなかった深部に向かって汚染水の移動が生じたと考えられている。

実は、福島第1原発の地下構造や地下水の流れはほとんどわかっていない。建設時のデータなどをもとに想像しているにすぎないのだ。海側遮水壁、凍土壁、地下水バイパス、水が土壌に浸透しないよう覆うフェーシング――。様々な汚染水対策が施されているが、予期せぬ副作用も東電を悩ませている。

浄化装置ALPS、切り札になるか

(共同)

浄化装置ALPS、切り札になるか

敷地の西側に、水をためる無機質なタンクが立ち並ぶ。その数、900基超。同じ場所にかつては緑の樹林が広がっていたが、今となってはそれを想像するのも難しい。日々発生する汚染水との苦闘ぶりを象徴する光景だ。

事故を起こした1~3号機の原子炉は、今も冷却のための水を必要としている。核燃料に触れた水は建屋に流れ込む地下水と混ざり合い、新たな汚染水を生み続ける。移送先のタンクにたまった汚染水は放射線の発生源となり、廃炉に向けた作業を阻んでいる。

対策の切り札とされるのが、昨秋に本格的に稼働した東芝製の浄化装置「ALPS(アルプス)」だ。汚染水に含まれる63種類の放射性物質からトリチウム以外の62種類を取り除き、フル稼働すれば1日750トンを浄化できる能力を持つ。

ところが、これまでの働きぶりを見る限り、期待通りの実力を発揮しているとは言い難い。

「これは一体……」。3月中旬、作業員らは驚いた。3系統ある装置のうち、1つの系統でトラブルが見つかった。浄化したはずなのに、放射性物質の濃度がほとんど下がっていないのだ。装置内で使用するフィルターの不具合が原因だった。

このトラブルはその後、やっかいな展開をたどる。残る2系統にも同様の異常が生じていることが判明したのだ。復旧作業を終え、全系統で運転を再開したのが6月下旬。ちょっとした部品の不具合で作業が滞る現実に3カ月も振り回されてしまった。

「14年度中に浄化を完了させます」。昨年、東電の広瀬直己社長は安倍晋三首相にこう誓った。浄化が必要な汚染水は現時点で約36万トンにのぼる。東電や政府は今秋以降にALPSを増設して処理量を1日2千トンに引き上げる計画だ。

廃炉完了まで30~40年 続く挑戦

8日、報道陣に公開された凍土壁造成の工事現場の真横に、原子炉4号機建屋を覆うように建てられた巨大なやぐらがそびえる。建屋の上階に残されたままの使用済み核燃料を取り出す作業は昨年秋に始まった。核燃料は別の建物の安全なプールに年内にはすべて移される予定だ。

福島第1原子力発電所の事故後、米国はこの核燃料を心配した。核燃料は建屋屋上のプールに収められているが、再び大地震に見舞われてプールが割れたりすれば、またしても重大な事故が起きかねない。だが1~3号機の使用済み核燃料はまだ手つかずで、すべての使用済み核燃料の搬出が終わるのは22年度以降。危険な状態が続く。

さらに、原子炉の中で溶け落ちた燃料「デブリ」の取り出しが始まるのは最短でも20年度。全号機で完了するのは40年度ごろになる見込みだ。今後10年以上にわたり、水を循環させて冷やし続けなければならない。

東電を悩ませてきた汚染水対策は、解決のための手立てがほぼ出そろった。だが、その後にも原発を解体して更地に戻す廃炉作業という難関が待ち構える。作業が完了するのは42~52年度ごろとみられている。

福島では廃炉に関する研究開発拠点となる施設の建設が近く始まる。燃料の取り出しや処理を研究し、訓練するための模擬装置などが設置される。世界では老朽原発の廃炉が相次ぐとみられ、福島の経験は無駄にはならない。挑戦は続く。

取材: 古谷茂久、生川 暁
制作: 鎌田健一郎、河本浩、清水明、秋山領